逃走の果ての真実 03
イリーネは大きく咳払いをすると、その場にいる全員に視線を送るように見渡すと、最後には伊勢に視線が止まった。
「先程は失礼しました。私も気が動転していたとはいえ、ギルドの冒険者の様態に目を向けず、一方的な行動で申し訳ありませんでした。申し訳ありません。ご指摘、真摯に受け止めます」
突然の完璧なお辞儀と謝罪に、先ほどまでのイリーネとのギャップに伊勢は目を白黒させていた。ゆっくりと頭を上げたイリーネは背筋をピンと伸ばし、丁寧に自己紹介を始めた。
「申し遅れました。私は当ギルドカレッジ本部にて受付を務めさせていただいております。名前はイリーネ・ホム・ホゼと申します。以後、お見知りおきいただければ幸いです」
伊勢はイリーネの丁寧な態度に慌てて、自分も自己紹介を始めた。
「ボクは伊勢 巫琴といいます。さっきはごめんなさい。ボクも言い過ぎちゃいました」
イリーネは伊勢の自己紹介を優しく微笑みながら、聞き終わると、「伊勢……」と小さく呟き、少しだけ視線を落とした。伊勢が不思議そうに眺めると、すぐにイリーネは顔を起こした。
「伊勢という名前は私が記憶している限り、モルフェア大陸、首都サーマルティアにある孤児院……たしか、ひまわり園……でしたか?の院長の苗字と同じですね」
伊勢は目をパチパチさせながら、今起きたことが理解できなかった。
(えぇ……ホゼさん。今、僕の名前だけで出身地を当てたの……)
「あそこの孤児院の院長は親元が分からない子供に対して、自分と同じ苗字を与えるそうですね。たまにギルドに登録に来る方でよく耳にした苗字だったので、その際に事情を聞いたことがあります」
伊勢はその理由に納得するように、胸を撫で下ろした。
「ホゼさんはすごい博識ですね。僕の名前からそこまでわかるなんて。四季崎さんとどっちがすごいんでしょうか?」
その問いかけにふたりとも同時に相手の名前を答えた。イリーネはまた話がそれそうなことを感じ、強引に話を戻した。
「私のことは、イリーネで結構です。そ・れ・で、わざわざ、密談の場を設けたということは、なにか知られたらまずいことが、あるということでしょうか?先程の話から察するに、司祭様の遺言に関係があると思いますが……」
四季崎は大きく頷くと、司祭の遺言を話し始めようとした……とその前に四季崎は重要な確認をしていないことに気づいた。
「遺言を話す前に一つ確認させて下さい」
「はい。何でしょうか?」
「ギルドは教会との関与がない、中立的組織なんですよね?」
イリーネは話の意図が掴めず、首を傾げた。
「?そうですが……今更なことで、どうお答えしていいか分かりませんが、この回答でよろしかったでしょうか?」
四季崎は「大丈夫です」と短く答えると大きく深呼吸した。
「司祭は死の間際に『伊勢を守って下さい。新たな聖女になる可能性を秘めた方です』……」
四季崎は一度ここで言葉を切ると、伊勢の方をチラリと見た。視線に気づいた伊勢は不思議そうに首を傾げた。
(教会を信じている伊勢にこの先の話を聞かせていいのか?……しかし、彼女もこの事実を知っておかないといけない気がする……)
四季崎は視線をイリーネに戻すと、「すみません」と謝り、話を先へ進めた。
「……『襲撃は教会によるもの。教会に関わるものは信じるな!全て敵だ!真実を書き記した手紙を霊王に届けてほしい』と途切れ途切れで聞き取れない場所が多かったですが、大体こんな感じです。それと同時にこの羊皮紙を託されました」
そして、コートの中から司祭の血に染まった羊皮紙を机の上に置いた。
イリーネが手を顎に当てて考え込み始めると、その時伊勢が両手をドン!と強く机に叩きつけた。
「信じられません!教会が、敵だなんて!……そんなこと、司祭様がおっしゃるわけがありません!四季崎さんの聞き間違いです!途切れ途切れで聞き取れなかったんですよね?それは教会を信じてほしいと、言っていたかもしれないじゃないですか!」
伊勢の叫びに近い抗議は、四季崎が予期していた通りのものだった。彼は思わず頭を抱えたが、その時だった。
「伊勢さん。黙って。集中できません」
普段はあまり見せない一切の感情を取り除いたような声に、伊勢の怒りが抑え込まれ、部屋の空気が一気に冷え込んだように感じられた。しばらくすると、イリーネは、はぁ~と息を吐くといつもの調子に戻った。
「ええ、情報過多で、確認事項も多岐にわたりますね。四季崎さんのご依頼の真意は把握しましたので、私が整理します。一つずつ、順序立てて参りましょう」
そう話をまとめると、イリーネはスカートのポケットから一枚の黒い板を取り出した。机の上に置いた。
それはまるで一枚の岩から切り出して作られたような板で、黒曜石のようにあらゆる光を飲み込むような真っ黒な色をしていた。
「まず初めに『聖女』についてです」
イリーネに威圧され、黙ってしまったが、伊勢の中ではまだ不満が溜まっていた。それなのに話が順調に進んでいくのが、納得がいっていない様子だった。そんな様子を見たイリーネは彼女に話しかけた。
「伊勢さん。『聖女』が何か知っていますか?」
突然話を振られて驚き、言葉を詰まらせた。イリーネの『聖女』とは何かという質問に、伊勢は昔、お父さんから聞いた教会の教えを懸命に思い出そうとした。
「聖女は聖魔大戦時代に人々を導いて、世界を救った人です」
その回答にイリーネは満足しないようで首を振って否定した。
「それは歴史であって『聖女』が何かではありません」
「えーっと、ウィスプ様の代行者?」
「ま、だいたい合っていますね。正確には『光のレガリア』の初めての所有者にして最後の所有者です。わかりやすく言えば、伊勢さんの言う通り精霊の代行者ということになりますね」
私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。




