逃走の果ての真実 01
壊れかけの梯子を登り切った二人は、やっとの思いで、セントナーレの街のどこかに入ることができた。下水路とは違う乾いた石畳、淀んでいない澄んだ空気、遠くの方で人の賑わう声。どれもが地上に出た二人にとって安心させるには心から安堵できるものだった。
四季崎はどこか疲れ切った表情で、本当に地上に上がったかを確かめるように空を見上げた。二階建ての建物が立ち並ぶ、どこかの路地裏の隙間から覗く空には太陽の姿も月の姿もなく、分厚い夜の雲が全てを覆っていた。
(明日は雨になりそうですね)
地上の澄んだ空気に混じり、鼻を刺すような匂いに顔をゆがめると、匂いの元を探した。その原因は四季崎たちの服に沁みついた下水路の異臭だった。この状況に、四季崎は伊勢が不快に思っているのではないかと心配そうに視線を送った。しかし、彼女はまるで気にも留めず様子で、四季崎の視線に気づくと高揚したように顔を輝かせ、全身で喜びを表現するように四季崎に駆け寄ってきた。
「四季崎さん!見ましたか?ボク、魔法使ってましたよね?ほら、光のバーンって、それで魔獣がドカーンって?多分これって、四季崎さんが魔法を教えてくれたからですよね?」
伊勢は下水路を移動中、四季崎の怪我の様子を常に気にかけているようっだった。それでも、初めて戦闘魔法を発動させたことの喜びは、彼女の疲労を吹き飛ばすほどよほど嬉しかったのだろう。
(しかし、私が想定していた最悪の方法で乗り越えてしまった。保護対象である伊勢に戦闘に参加せるなんて、護衛役として失格だ……)
四季崎は自分の不甲斐なさを悔やむように奥歯を噛み締めたが、その横で喜ぶに筒目れている伊勢を見ていると、最悪の方法ではあったが、意外にも悪くない方法な気がしてしまい、彼女の喜びを称えてあげたくなった。
「おめでとう、伊勢。しかしどうやったんですか?」
「分かりません……。光が、助けるで、四季崎さんの教えのように願ったら、口が勝手に動いてそうしたら、できていました。今では使えなかったのが不思議なくらいで、その魔法が身体に馴染んでいるような気がします」
伊勢自身も理解していないようで曖昧で不明瞭な説明しか返ってこなかった。それでも、彼女は四季崎に理解してもらおうと、必死で説明していた。
「まぁ、なにごとも、初めそういうモノでしょう。使い続けることで、それを形にしていけば、いいだけです。しかしその歳で、すでに戦闘魔法をあの精度で使えるのは素晴らしいです」
今もなお、その熱が収まる様子はなく、どこか遠い目をしながら、何もない空間を見続けていた。
「これで……これでボクも四季崎さんを守ることができますね!」
そう言いながら、伊勢は四季崎に頼ってもらえるように、目を輝かせながら、見上げると、四季崎は伊勢の頭を撫でるだけで何も答えなかった。
撫でられた事で信頼されたと思った伊勢を嬉しそうに小さくガッツポーズをした。そんな伊勢をよそに四季崎は雲行きの怪しい空を見て「それよりもギルドに早く行きましょう」と先を急ぐように促した。
(ここ町並みの雰囲気は……セントナーレの住民の住まいに……この香りは料理?香辛料のような……だとすると、ここはセントナーレの北東辺りということになりますね。なら、南西に向かっていけば、ギルドがあるかもしない)
四季崎は周囲の景色やにおいから情報を得るとそこから、現在位置を割り出し、向かうべき方角を指差した。
「あちらの方角にギルド本部があります。向かいましょう。ただし、街にも潜んでいる者がいるかもしれませんから注意してください」
四季崎が伊勢に注意を促しながら、先に進んでいった。その後ろ姿を見ながら、伊勢は不思議そうに首をかしげた。
(四季崎さん、ほとんど限界に近いのかも。だって、街に盗賊が潜んでるなんてありえないよ)
そう考えると、伊勢はまた四季崎も身体の状態が不安になり、心配になってきたが、先にどんどん進んでしまう四季崎に置いていかれないように小走りでついていった。
小路を何度か曲がり、どうにか東通りに出ると、そのまま中央広場に向かい、ギルド本部前まで来ることができた。中央広場を行き交う人は、突然現れた小汚い服の二人が放つ異臭に不快げに見つめながら、まるで腫れ物を扱うように遠巻きに見つめながら、避けながら歩いていた。
四季崎は自分たちがあまりにも目立っていることを感じると、広場に長い間、いるのは追手を引き付けてしまうため、速やかにギルドの扉を押し開けると素早く中に入り込んだ。
そこからは今日の昼間では当たり前の空間だったのが、いまでは数年ぶりに訪れたように思えるほど懐かしさを感じさせた。ギルド本部には普段から人が少ないが、幸運なことに今は誰もいなかった。ただ、一人だけ、二人の到着を待ち構えている者がいた。
扉から入ってくるなり、静まり返ったエントランスに鳴り響くイリーネのコンコンというヒールが木床を鳴らしながら、こちらに近づいてきていた。その顔に一切の表情がなく、感情の機微に疎い四季崎でも明らかに何かに怒っているのは、明らかだった。
無言のまま近づいてくるイリーネは四季崎から漂ってくる鼻を刺すような匂いに、初めて表情に変化が現れたが、それよりも自分の怒りが勝ったように、すぐに無表情に戻った。目の前まで来ると、口元だけ、少し笑みを浮かべると、両手を腰に当てた。
「もう! 四季崎さん! いくら急いでいるからと言って、まさかあんな風に大切な部屋の鍵を投げ渡しに投げるなんて、わたしには信じられません!四季崎さんが、そんな人だなんて思いませんでした!四季崎さんはもっと常識がある方かと思っていました。金属製の鍵とはいえ落としてしまったらどうするつもりだったのですか!世の中には……(ぶつぶつ)」
イリーネは聞き分けのない子供に説教をする母親のように、しかもどこからそこまでの内容が出てくるのかわからないほど長い説教が続いた。
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