下水路潜入 02
地下水路を進んで行くと、ひんやりとした湿った空気が肌を包み込んだ。等間隔に並べられた魔石灯の間隔が広く、道がある方向を示すだけで下水路全体は暗闇が広がっていた。魔石灯の光は、煉瓦造りの壁に奇妙な影を踊らせ、複雑に入り組んだ下水路の不気味さを強調させていた。
足元を流れる水は、まるで深く濃いインクを落としたような、濁った青色をしており、底が見えない。ゆっくりと流れる水面に、魔石灯の光が映っては揺らいでいる。
聞こえるのは、一定のリズムで天井から滴り落ちる水の音と、どこか遠くで壁に反響しながら駆け抜けるネズミらしき微かな音ばかり。しかし、耳を澄ませば、ごく稀に、人の話し声のような、地上の生活の気配が幽かに届き渡っていた。
四季崎は下水路の両端に設けられた点検用の通路を進んでいた。彼の足音は、水気を吸った地面に吸い込まれるように鈍く響き時折、立ち止り返ると、暗闇で伊勢が自分を見失わないように気遣いながら、常に一定の距離をたもちながら、進んでいた。
「この下水路は、記録によると聖魔大戦後に着工が始まり、以降の増改築の末に入り組んだ迷路のような構造になっています。そのための光を嫌う魔獣や後ろ暗い者達の溜まり場になっています」
四季崎は伊勢の不安を和らげようと、話し続けていたが、彼女は不安を感じているどころか、どこか慣れているようでいて、その割にはどこか落ち着かない様子だった。
(変わった子だな。最初は入るのを、あんなに嫌がっていたのに、入ってからはどこか慣れた様子で虫や小動物に怯える様子がまったくない。どこか無理をしているのかもしれない……)
心配そうに見つめながら、待っていると追いついた伊勢は首を傾げながら、「ボク、遅かったですか?」と申し訳なさそうに尋ねてきた。
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、暗いのでコケないか心配だったんです」
伊勢を気遣うように四季崎は答えると、彼女は「確かに、暗いですね。それなら……」と納得すると、両手を前で祈るように組み目を閉じ、魔法を唱えた。
《 ラマーベル フラフ》
魔法が発動すると拳くらいの大きさの火玉が二つ生み出した。一つは伊勢の頭の高さまで上昇するとそこに留まった。もうーつはゆらゆらと前へ進んでゆき、四季崎の頭の高さで止まった。二つの火球は四季崎と伊勢の目の前を明るく照らし出した。
「明るさはこれくらいで大丈夫ですか?」
伊勢は四季崎に確認するように尋ねると、四季崎は感心しながら、伊勢にお礼を言った。
「火の魔法……そういえば、伊勢はモルフェ族でしたね?」
確認するように尋ねると、伊勢は自分の種族を当てられたことに非常に驚き、どうして分かったのか、問いただした。
「成人の儀でエルフ族の次はモルフェ族の予定でした。それに祭祀場から逃げてきた子供はモルフェ族でしたから、その時、取り残された伊勢は同じモルフェ族だと、思っただけですよ」
四季崎の説明に関心しながらも、自分が子ども扱いされたことに、頬を膨らましながら、「十八歳なので、子どもじゃないです」と拗ねた。四季崎はすぐに謝ったが伊勢はソッポを向いて許してくれなかった。四季崎は話を変えるように別の話題に切り替えた。
「伊勢は一般魔法は使用できるんですね。うらやましい限りです」
そこまで拗ねていなかったのか、四季崎は話を振ると、すぐに視線を彼に戻した。初めは彼が言った「うらやましい」という意味が分からなかった。だが、少しして、船で彼が『異端者』だと相模さんが言っていたことを思い出した。
「その……、四季崎さんは一般魔法も使えないんですか?」
四季崎は視線を前に戻すと、前を歩き始めた。その背中からは表情が伺えなかったが、ほんの少しだけ落ち込んだような声に聞こえた。
「そうですね。魔力は持っていますが、魔法を発動する為の精霊の恩恵がありませんからね。ですが、魔道具のように魔力を流すだけで利用できる物は使えます。なので、生きる上で不十分はありませんよ?」
初めて知る魔法と恩恵の仕組みの一端を聞いた伊勢は眉間にしわを寄せながら、「……よくわかりません」と理解を諦めたようだった。そんな伊勢に対して、四季崎はどう説明すると分かりやすいのか、悩んでいると、視界の隅に下水路に等間隔にある魔石灯に目をやった。
「そうですね。魔力に色があると思ってください。例えば、伊勢の魔力は火を赤色だとします。精霊……この場合サラマンダーは赤色だけ見分けられるので、伊勢に火の魔法使わせてもらえるのです」
伊勢は四季崎の説明を一言一句、聞き逃さないように、真剣に聞きていた。彼の話を聞き終えた後、自分の中で落とし込む中で、あることに気づき、ハッとして立ち止まった。
「じゃ、じゃあ!成人の儀で司祭様が言っていた元素適性?っていうのは、その色を判別しているってことですか?その場合、適性率って……?」
彼女が自分の話を真剣に聞いてくれたことに、嬉しさが込み上げてきた。そんな彼女にもっと知ってもらおうと、足を止めて振り返り説明の続きを始めた。
「その通りです。しっかり理解できているみたいですね。それで適性率ですが、この場合色の濃さがそれに当たります。色が薄いと低く、濃いと高いといった感じです。ちなみに伊勢はなんて言われたんですか?」
嬉しさのあまり、伊勢の元素適性を聞いてしまい、遅れて(しまった!)と四季崎は焦った。それは、成人の儀の最中、司祭から適性について告げられる瞬間に襲撃があり、その辛い記憶を伊勢に思い出させたくなかったからだ。
「伊勢はその時のことを覚えていないのですね?すみません。忘れてください。ですが、一般魔法で火が使え、モルフェ族であれば、恐らく適性火なのでしょう」
焦るように四季崎はまくし立てながら、早口で話すと、早々に話を切り上げた。自分の失敗に逃げるように素早く前へ向こうと身体を捻るとその動きで、右肩に激痛が走り、堪らずに蹲ってしまった。
(流石にもう……。回復薬の鎮痛作用には期待できない……。戦闘になったら、伊勢を守りながらは……。そうなると何かいい方法はないだろうか?……あの方法なら……いや、それは流石に伊勢の負担をかけてしまう)
伊勢にも戦ってもらう方法を考えてしまったが、戦う術がない人を参戦させるのは、冒険者として、失格だ。そう思うと、頭に浮かんだ方法を振り払い、伊勢が心配して、声をかけるよりも早く立ち上がり、先に進みだした。
「元素適性とか、適性率とか、は分かったけど、それがどう魔法につながるんですか?」
話を切り上げてしまったのに、伊勢が四季崎に何かを教えてもらおうとする姿勢に、嬉しい気持ちと共に感謝の気持ちで一杯だった。
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