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時紡ぐ英雄譚  作者: 漆峯 七々
異端者の烙印、聖女の覚醒

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下水路潜入 01

「ぜっったいに嫌です!四季崎さん!お願いですから、別の場所にしてください!」


 下水道を見るなり、伊勢は人が変わったかのように、今までに見たことがないほどの拒絶反応を示した。その反応に四季崎は目を見開き、驚きを隠せず、言葉を失った。


(伊勢らしくない。今までの彼女なら素直についてくると思っていました。……やはり、若い女性が下水路に入るのは抵抗感があるものなのだろうか?)


 四季崎は目の前にある下水路に視線を向けた。伊勢が拒絶するのも、理解できるようなお世辞にも綺麗とは言えない場所だった。ちょろちょろと流れ出ている水は自然な色合いをしており、彼が見る限りには、生活排水などではなく、雨水や海水のように感じた。異臭は放っていなかったものの、水路自体は湿気が多いのかコケが多い、苔むした壁には虫や小動物の気配があった。


「伊勢さんには申し訳ありませんが、ここしか道はありません」


「い・や・です!絶対に入りませんよ。だって……ここは……」


 ものすごい拒絶を示しながらも、伊勢は最後は俯き、ゴニョゴニョと言葉にならない言葉を紡いだだけだった。彼女の視線が下水路の奥の暗闇に吸い込まれるかのように固定され、肩が小刻みに震え始めた。生温い湿った空気が、彼女の肌を這うように感じられるのか、全身の毛が逆立つようだった。


 四季崎は伊勢を説得するように両肩にそっと優しく手を置いた。四季崎は伊勢の肩に手を置いた瞬間、右肩が激痛が走り、今まで我慢していたが四季崎はその痛みを表情に出てしまった。


 伊勢は肩に手を置かれ、振り返るとそこには彼の痛みに耐える表情を一瞬だけ見せていた。伊勢は心配そうに見つめ続けると、「……大丈夫ですか?」を尋ねたが、四季崎はぎこちない笑みしか返すことはなかった。


「一度、休憩にしましょう。ここなら見つかる心配もありませんから。……と言ってもあまりきれいな場所ではないですけどね?」


 心配する伊勢を安心させるために、休憩を提案した四季崎は崖に背中を預けるようにしてもたれた。四季崎は痛みに耐えるようにポーチから、おもむろに回復薬を取り出そうとした。


(残り二本ですか……。ギルドまでの距離を考えるとこれだけあれば十分でしょう……)


 四季崎は回復薬を気休めを通り越して、願掛けに近い気持ちで一気にぐいっと飲み干した。そんな四季崎の姿を伊勢は余計に心配になり、横目で見守り続けるように、じっと見つめた。


(四季崎さん……やっぱり身体の調子が良くないんだ。それなのに、ボクに気を使いながらここまでの連れてきてくれたんだよね。それなのにボクは、進んであげたいのに、なぜか足が前に出ない……)


 伊勢は自分の袴の裾を強く握りしめ、全身を支配する恐怖と、四季崎に迷惑をかけているという罪悪感が、彼女の胸を締め付けた。自分の弱さが情けなく、悔しさに唇を噛みしめると、地面を見つめるように俯いてしまった。彼女の頭では進まなければと理解していても、一歩も足が動かなかった。


「……伊勢さん、聞いてください。君の気持ちは分かりますが、門の前には盗賊が待ち構えていますから、他にセントナーレに入る手段がありません。この下水路は確かにきれいとは言えませんが、主に雨水や海水を直接海へ流すためのもので、街が水害に遭わないように作られているんです。だから、君が思っているほど汚くはないはずです」


 (違うんです!そうじゃ……)伊勢は心の中で叫ぶしかなかった。



 伊勢は次第に恐怖心から身体が震えだした。その時、胸元でチャラチャラと小さな金属音が聞こえた。彼女は思い出したかのように装束の中からネックレスを取り出すと祈るように見つめた。四季崎は、祈るような伊勢を見て、「それは?」と尋ねた。


 声を掛けられたことで現実に引き戻された伊勢は、ハッと顔を起こすと、自分にとって目指すべき目標の父親からもらったものの説明をどうすべきか悩んだ。


「えぇっと……。これは成人の儀に行く前にお父さんから渡されたものなんです。……あっ!と言っても本当のお父さんじゃなくて、孤児院の院長ですけどね。尊敬できる素晴らしいお父さんなんですよ。ほら!この晴れ着!お父さん作ってくれたんです!ボクの好みに合わせるために何日もかけたんです」


 伊勢は嬉しそうな表情に変わると見せるように手を広げ、クルリと袴を翻すように回った。途中でヌメリに足を取られ、バランスを崩しそうになった。かろうじて踏ん張り、小さな悲鳴を上げかけた口を慌てて抑え込んだ。


「家族思いの方なんですね。……それでどんな方何ですか?」


 伊勢は尊敬する父親を語る事が嬉しいのか、満面の笑みで色々と話してくれた。しかし、話していると次第に何かを思い浮かべるように表情が段々と曇っていくのが分かった。


(もし、ここにお父さんがいたら、なんて言ってくれるんだろう?怒るかな?叱るかな?……うぅん。違う気がする……きっと……そう、きっとこういうんだ。『不安でどうにもならないなら、助けてくれる人を信じなさい』って。お父さんなら、きっといいそうだな〜。そして次には『もしその人が困っているなら守って上げなさい』って……フフフッ。フフッ。お父さんらしいな)


 楽しそうに話していた伊勢が急に黙りこんでしまった。彼女の急な沈黙に四季崎はどうしていいか分からず、ただ彼女を優しく見守ることしかできなかった。


 短い沈黙のあと、伊勢は静かにネックレスを装束の中に仕舞い込むとゆっくりと顔を上げた。そこには今までの恐怖心や拒絶感は感じられず、そこには決意に満ちた表情があった。


「四季崎さん、肩の傷大丈夫ですか?」


 その質問に四季崎は自分が肩の傷を隠し切れなかった事に、悔しそうにしながら、右肩に少し触れてみるとじんわりと生暖かい血が少し滲んでいた。


「大丈夫ですよ。これくらいの傷、治癒術士の魔法で直りますから」


 安心させるための説明をすると四季崎は不格好な笑みを作った。しかし、伊勢の反応は、彼の期待とは違った。その笑みを見た伊勢は余計に心配させたようで、辛そうな顔を見せると下水路に視線を向けた。


「四季崎さんのためにも早く行きましょう!ボク、四季崎さんを信じることにしたので、もう大丈夫です。でも、なにかあった時は四季崎さん!ボクを助けてくださいね?」


(??なぜ、急に伊勢の考えが変わった?……理由は分からないが、進む決意をしてくれたのは助かる)


「伊勢さんは私が必ず守ります。安心してください」


 四季崎は伊勢の決意が変わる前に、下水路に足を踏み入れようとした。彼は中を覗き込み、安全を確認すると下水路の中に踏み入れた。四季崎は小さな段差だったが、伊勢を安心させるために手を差し伸べた。伊勢は嬉しそうに四季崎の手を取ると下水路の中に入った。


「僕のこと、伊勢って呼んでください。そっちの方が呼びやすいでしょう?」


 伊勢は四季崎を信頼するようにそうお願いすると、彼はと戸惑いながらも「わかりました」と答えた。

私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。

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