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時紡ぐ英雄譚  作者: 漆峯 七々
異端者の烙印、聖女の覚醒
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異端の英雄、波乱の船上 03

長い間、物語の世界に想いを馳せ、心の中で紡いできた物語たち。 今回、その想いを形にし、勇気を出して一歩を踏み出しました。 未熟ながらも、この物語が誰かの心に響き、共感の灯をともすことができれば、 それ以上の喜びはありません。 どうぞ、お読みいただければ幸いです。

 四季崎は風運の殺気を感知するや、反射的に両腕を顔の前に構えた。だが、待てど暮らせど攻撃は来ない。不審に思い、腕の隙間から風運を覗き込むと、彼はまるで風に導かれた羽根のようにふわりと後方デッキの奥へ舞いに移動し、潮風が金髪を翻しながら音もなく着地した。


 風運は上部デッキの木箱と救命具に囲まれた位置で四季崎との距離を絶妙に保つと、勝利を確信したかのような不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと左腕を前方に差し出した。その掌からは、静謐な詠唱が流れ出す。

『集え烈風。その形を弾丸へと変え、我が敵を撃ち抜け!』


 詠唱と共に、風運の中指に嵌めた指輪が翡翠色の輝きを放ち始めた。風運の掌を中心に、周囲の空気が歪み始める。後方デッキの床に散らばった埃や古いロープの繊維が竜巻のように舞い上がり、無数の砂粒が翡翠色の光に照らされ、星空のようにきらめいた。大気がビィィィンと軋む轟音と共に、風の渦が一点へ収束していく。


シフネーア(疾風の) リーア ダート(魔弾)


 魔法名を高らかに唱えた瞬間、手のひらに集まった風は小さな球体へと凝縮される。そして次の瞬間、風の弾丸は凄まじい速度で四季崎目掛けて放たれた。


 突如として放たれた疾風の魔弾は、その名の通り疾風の如き速度で空間を切り裂いた。その進路上にあるものは、ただの障害物と化す。頑丈な木製の机は轟音と共に粉砕され、椅子は飴細工のようにぐにゃりと歪み、無残にも宙を舞った。魔弾が通過すると、周囲の空気は激しく震え、破壊の爪痕が一直線に刻まれていく。それはまるで、嵐が過ぎ去った後の荒野を思わせる凄惨な光景だった


しかし四季崎は、余裕の表情を浮かべたまま軽やかにその一撃をかわしてみせた。その動作の最中ですら、視線で魔弾の軌道を冷静に追い、観察する余裕すら見せている。


(この年齢で、これほどの魔力量を持つ戦闘魔法を使いこなすとは……。ただの商会の御曹司かと思っていたが、どうやら侮れない存在かもしれない)


 冷静に状況を分析しつつも、年齢にそぐわぬ彼の実力に、思わず驚嘆せざるを得なかった。


「その年齢でそれほどの魔法を使いこなせるとは、正直驚かされました。しかし……」


 四季崎が言葉を結び終える前に、風運は「くそっ!」と怒声を張り上げ、再び同じ魔法を構え始めた。


(おだてる方法も効果はありませんか……では、次は実力差を見せつけて、諦めてもらいますか)


 四季崎は手すり近くで両足を肩幅に開き、左足を半歩前へ出した。膝を軽く曲げて腰を落とし、重心を低く保つ。そのまま上体をやや前傾させ、両手は顎の前で拳を握り、肘を体側に寄せて脇を締める。顎を引き、視線は相手の胸元に定めて全身の動きを見逃さない。踵を軽く浮かせ、いつでも積み上げられた荷物の間を縫ってバックステップやサイドステップで攻撃を回避できるよう、全身の筋肉を弛緩させた。――回避動作を最適化する戦闘姿勢だ。


 しかし、最初から回避を前提に動いていた四季崎にとって、その攻撃は容易くかわすことができた。まるで子供の遊び相手をする大人のように、余裕すら感じさせる身のこなしで次々と魔弾を躱していく。木箱の陰に身を隠したり、救命浮環の間をすり抜けたりしながら、そのたび、四季崎の背後では木箱や樽、係船機の一部が次々と破壊される鈍い音が響いていた。


「なんで当たんねぇんだ!!くそっ!」


 風運にとって切り札ともいえる攻撃が、ただの一般船員にあっさりとかわされている。その事実に、怒りと屈辱が頂点に達したのか、風運はまるで駄々をこねる子供のように後方デッキで地団駄を踏んでいた。


(これで、さすがに諦めてくれるだろうか?)


 風運が諦めかけている気配を感じ取った四季崎は、一度深く息をつき、ふと背後に目をやった。


 そこには、風運の魔法によって生み出された無数の木片や布切れ、破壊された救命具の残骸が散乱し、後方デッキの床板はあちこちで歪み、係船機の周辺にはひどい箇所では大きな穴まで開いているという、目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。その光景を目にした四季崎は、これから待ち受ける後始末のことを思い、絶望的な気持ちで肩を落とした。


(……これ、船長にどう説明すればいいんだ?)


 すでにこの先の事後処理を考え始めている四季崎とは対照的に、すぐそばの風運はまったく余裕がなかった。顔を真っ赤にし、なりふり構わず感情をあらわにしている。


「ふざけるな! 風運商会の跡取りであるこの俺が、なぜこんな仕打ちを受けなきゃならないんだ! たかが船員風情が、調子に乗るなよ!」


 風運はまだ諦める様子もなく、むしろ我を忘れて暴れ始めていた。再び放たれた疾風の魔弾を、四季崎はこれまで通り余裕でかわそうとした――その瞬間、不意に高波が船体を大きく揺らし、後方デッキの床板が大きく傾き、四季崎はバランスを崩してしまった。


(しまった! これでは躱しきれない――!)

私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。

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