異端の英雄、波乱の船上 01
長い間、物語の世界に想いを馳せ、心の中で紡いできた物語たち。 今回、その想いを形にし、勇気を出して一歩を踏み出しました。 未熟ながらも、この物語が誰かの心に響き、共感の灯をともすことができれば、 それ以上の喜びはありません。 どうぞ、お読みいただければ幸いです。
昼下がりの柔らかな陽射しが、雲ひとつない澄み渡る青空から降り注いでいた。巡航船は穏やかな碧い海原を、ゆるやかな波に身を委ねるように静かに進む。太陽の光は水面に無数の宝石のようにきらめき、遠く水平線まで続く海の青と空の青が溶け合っていた。潮風は上部デッキの木製テーブルや椅子の間を優しく撫で、時折テーブルクロスの端や椅子の背もたれをそっと揺らしていく。
上部デッキには、木製のテーブルと椅子が整然と並び、空席の間を抜ける風が、昼下がりの静けさを際立たせていた。
時折、遠くでカモメの声が聞こえ、潮の香りがふわりと漂う。
デッキの手すりには救命浮環がいくつも取り付けられ、白い塗装の上に赤いラインが鮮やかに映えている。備え付けのロープが、穏やかな波に合わせて微かに揺れ、金属やロープが擦れる小さな音が静かなリズムを刻んでいた。
後方のデッキはやや雑然としており、救命浮環や備品の間を潮風が吹き抜ける。
年月を経て色褪せ、擦り切れた太いロープの束が無造作に積まれ、所々に白い塩の結晶が浮かんでいる。空になった木箱や古びた備品には、苔のような緑色の斑点が点在し、木肌は潮風に晒されてざらついていた。
普段は人の足音もまばらなこの後部デッキの一角には、潮が混じり合った独特の匂いが漂い、鼻腔をくすぐるようにかすかに立ち込めていた。古びた木材の匂いが混ざり合い、かすかな湿り気とともに、遠い昔から続く海の記憶が静かに息づいているようだった。
昼下がりの陽射しは、デッキの床や備品の影を長く落とし、ゆったりとした時間の流れをより一層際立たせていた。
上部デッキの屋根の上――その陰に、一人の黒髪の青年、四季崎是空が静かに眠っていた。白地に黒い縁取りのある擦り切れたコートを肩にかけ、海風にはためかせている。
彼は平らなスペースに、直接仰向けになって身を預けている。屋根の金属や板張りの感触を背中に感じながら眠っているのだ。褐色のズボンに包まれた右足は、無防備に屋根の縁から垂れ下がり、船の緩やかな揺れに合わせてわずかに揺れていた。昼下がりの陽射しと潮風を全身に浴びながら、彼は静かに深い眠りに落ちている
彼の寝顔は年齢よりも幼く、無垢そのものだった。長い睫毛が頬に柔らかな影を落とし、口元にはかすかな安堵の気配が浮かんでいる。額には昼下がりの光が淡く差し、黒髪が潮風にそよいでいた。
呼吸は深く静かで、胸が規則正しく上下している。その寝息は、遠くで響く波の音や、デッキのテーブルや椅子の間を抜ける潮風のさざめきと溶け合い、屋根の上の一角にささやかな平穏をもたらしていた。
彼の傍らには、読みかけの書物が無造作に置かれている。書物の表紙は色褪せ、角は丸くなり、彼がどれほどこの本を大切にしているかがうかがえる。
ときおり、潮風がページをそっとめくり、紙の擦れる微かな音が昼下がりの静寂に溶け込んでいく。
普段の冷静さや孤独の影は、今の彼の寝顔には見当たらない。まるで世界の喧騒から遠く切り離され、ただ静かな安らぎだけがその表情に宿っていた。陽射しと潮風、船の揺れと波音に包まれながら、四季崎是空はこの一瞬だけ、何者でもないただの青年として、穏やかな夢の中にいた。
よほど疲れていたのか、四季崎は船の屋根の上に横たわり、下の甲板から響く騒がしい足音や、若者たちの高揚したざわめきにもまったく気づかず、静かで規則正しい寝息を立てていた。彼の胸はゆっくりと上下し、時折、潮風が頬にかかると眉がわずかに動くだけ。
昼下がりの陽射しが屋根の上に斜めに差し込み、彼の影が静かに伸びている。まるで深い眠りの底で、外界の喧騒から遠く隔てられているかのようだった。
やがて、数人の若者が賑やかに階段を上り、屋根の上のデッキへと姿を現す。彼らは楽しげに笑い合い、足音を弾ませながら、潮風に吹かれた髪や衣服を揺らしている。
普段は静寂に包まれているこの場所に、若者たちの明るい声が響きわたり、空気が一気に活気づいていく。陽射しの下で、テーブルや椅子の影が伸び、潮の香りがさらに強く漂っていた。
ふと、若者たちの視線が屋根の上で無防備に眠る黒髪の青年に集まった。
誰もが一瞬足を止め、思いがけない光景に戸惑いと興味が入り混じった空気が流れる。静けさと賑わいが交錯する中、彼らはしばし言葉を失い、潮風と波音の中で、眠る青年の存在だけが際立っていた。
「おいおい、この船で居眠りとはなぁ。図太いにも程があるぜ!」
風運 集治は船長を真似るように大袈裟な身振りで、上部デッキの床を踏み鳴らした。テーブルと椅子が並ぶその場所に、潮風に乗せて彼の声が響き渡る。
「『おやおや、ご身分の高い方でございますこと!』ってな!」
仲間たちは手を口に当ててくすくすと笑い、軽薄な笑い声が潮風とともにデッキ中に広がった。
最初に近づいた若者が、屋根の上で眠る四季崎の胸元に付けられた名札に目を留め、『四季崎 是空』の文字を見つけて眉をひそめる。
「……シキザキ? 確か、どこかで……?」
その囁きは、波の音や風の魔石による推進器の低い響きにかき消され、誰の耳にも届かなかった。
隣の男はそんな細かいことなど気にせず、肘で集治を小突いた。
「おい、大将! こいつ、生意気だぞ! ちょっと懲らしめてやれよ!」
陽射しが差し込むデッキには、彼らの笑い声が潮風に乗って響き渡り、普段は静かな船上の空気が一気にざわめきと熱気に包まれていく。若者たちの顔には、好奇心と高揚が入り混じった表情が浮かび、目の前の出来事に夢中になっている様子が、船上の明るさと賑やかさをより一層際立たせていた。
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