レガリアを懸けた邂逅 07
大会本戦二日目、四季崎は優勝候補の漣と対戦する。
漣は琥珀色の肌に純白のビキニを纏い、鞭を自在に操る華麗な女戦士。
彼女の長い射程と巧みな心理戦に翻弄される四季崎だったが、鞭と木製の棍の絡み合いを利用し、武器を交換して優位に立つ。
冷静に攻撃の隙を突き、回転蹴りと鞭の連撃で漣を追い詰め、最後は鞭で首を締め上げて勝利を勝ち取った。
漣は敗北を認めつつも、四季崎の強さを素直に称賛し、二人の間に戦士としての敬意が芽生える。
会場は歓声に包まれ、予想外の結果に熱狂が広がる。
続いて登場したのは、イリーネの弟子である幻夢の歌姫・伊勢。彼女の歌声は会場を静寂に包み、聴衆の心を深く揺さぶる美しい旋律だった。
しかし、厳正な審査の結果、伊勢は最終選抜に残ることができず、深い悔しさと自分への苛立ちに襲われる。
ギルドに戻った伊勢は涙を流しながら四季崎に敗北を告げ、四季崎は彼女の歌声に感動したことを伝え、優しく慰める。
伊勢はその支えの中で少しずつ心を落ち着け、次への決意を胸に秘めるのだった。
この日、勝利の歓喜と敗北の苦悩、そして仲間同士の支え合いが交錯し、物語は次の展開へと動き出す。
❐四季崎の視点
(『超感覚』…確かに戦況を把握し、先を読むにはこの上ない力だ。だが、全ての感覚が過剰なまでに鋭敏化するということは、それだけ脳と精神に凄まじい負荷がかかる……)
目の前の上地は、私の的確な反撃によって確実に身体的なダメージを蓄積させている。浅いとはいえ、切り傷は増え、呼吸もわずかに乱れている。しかし、それ以上に、私自身の精神的な疲労は深刻だった。既に視界の端がチカチカと明滅し始め、軽い立ち眩みのような感覚が襲ってくる。この拡張機能に頼って戦える時間は、もうそれほど残されていない。
(そろそろ、本当に決着をつけなければ……このままでは、先に私が倒れる)
そう思考を巡らせた一瞬の隙だった。上地は私のわずかな集中力の途切れを見逃さず、強引な踏み込みからの突きで体勢を崩しにかかってきた。咄嗟に反応はしたが、完璧には捌ききれず、肩を突き飛ばされる形で大きくよろめき、数歩後ろに下がらされてしまう。
「ふっ……お互い、そろそろ限界が近いようだな」
上地は肩で息をしながらも、その口調にはまだ余裕が感じられた。その変わらぬ強者の風格を見ていると、自分の限界を意識してしまっている不甲斐なさを改めて思い知らされ、奥歯を噛みしめる。
「そうですね…次の一撃で、全てを終わりにしたいものです」
私は呼吸を整え、揺らぐ意識を無理やり引き締める。虚勢かもしれない。それでも、ここで弱気を見せるわけにはいかない。互いに再び武器を構え直し、視線を交錯させる。もはや言葉はいらない。次の一瞬が、この長い戦いの終止符を打つことになるだろう。張り詰めた空気の中、互いの闘気が火花を散らすようにぶつかり合っていた。
互いに最後の力を振り絞り、全てを賭けた一撃を放たんと、まさにその瞬間だった――
パンッ!!
乾いた、しかし闘技場全体に響き渡るほど大きな拍手の音が、張り詰めた空気を切り裂いた。
そのあまりに場違いな音に、私と上地は動きを止め、そして会場にいる全ての人間が反射的に音がした方へと視線を向けた。
音の主は、舞台の遥か上、闘技場の天蓋近くの梁の上に立っていた。
逆光で表情は窺えないが、そのシルエットは黒いコートに身を包み、フードを目深に被った小柄な人物。いつからそこにいたのか、誰にも気づかれずに、まるで幽霊のように。
そして、その謎の人物は、芝居がかった、しかし奇妙に響く声で、ゆっくりと、そして楽しげに語りかけた。その声は、マイクを使っているわけでもないのに、不思議と会場の隅々まで届いている。
「やあやあ、皆さん!ご注目いただき、まことにありがとう! 皆さんがこの素晴らしい試合に熱狂し、大いに騒いでくれていたお陰でね、こちらの『お仕事』はそれはもう、驚くほどスムーズに進みましたよ。感謝する」
その言葉には、明らかに場を茶化すような、そして何かを成し遂げたことへの満足感が滲み出ていた。
一体、何者なんだ……?
私と上地は、互いに顔を見合わせることも忘れ、ただ呆然とその不審な闖入者を見上げていた。
会場は、先程までの敵意や興奮とは全く異なる、不気味な静寂と、得体の知れない存在への警戒感に包まれていた。
(この声は……まさか、冬兎なのか? でも、なぜここに……?)
私の脳裏に、この都市に来てから何度か遭遇したあの不吉な男の顔がよぎった。
その冬兎らしき人物は、まるで精密機械のように無駄のない動きで天蓋から舞台へと静かに舞い降り、黒いコートの袖から何かをゆっくりと取り出した。
それは、まるで自らの意思を持っているかのように、彼の手のひらの上でゆらゆらと浮遊している、拳ほどの大きさの水の塊だった。
しかし、その水は、ただの水ではない。
それは、内側から神秘的とも言えるほどの淡く柔らかな光を放ち、周囲の光を吸収しては屈折させ、まるで無数の小さな虹を宿しているかのように輝きを湛えていた。その表面は絶えず微細に揺らめいていた。
その姿は、まさしく――かつて書物でその存在を知り、まだ実物を見ることはない、万物の根源たる一つである始原なる水、選ばれし者に精霊の力を与えるとされる《純粋な泡沫》……レガリアそのものだった。
「き、貴様! いつの間に『レガリア』を!? そ、そこな者! 衛兵は何をしている! あの不審者を捕らえよッ!!」
観客席の一角から、この闘技場の責任者らしき恰幅の良い男が、顔を真っ赤にして金切り声を上げた。
その指示に、舞台袖や通路から、武装した衛兵たちが慌ただしく現れ、舞台上の冬兎?を取り囲むように集まってくる。
「ほう、ちょうど退屈していたところだ。君たちには、私のデータの採取に少しばかり付き合ってもらおうか。貴重なサンプルとして、ね」
自ら衛兵たちの包囲網の中心へと歩を進めた。
その口元には微かな笑みが浮かんでいるが、その瞳はまるで観察対象を分析するかのように鋭く、そして感情の温度を感じさせない冷たい光を宿していた。
その佇まいは、戦士というよりも、むしろ禁断の知識を探求する研究者のような、底知れない不気味さを漂わせていた。
「まずは、小手調べといこうか。君たちの抵抗が、どれほどのデータを提供してくれるのか……」
冬兎らしき人物は、まるで価値の低い実験動物を扱うかのように、薄く嘲るような笑みを浮かべながら、おもむろに右手を肩の高さまで上げた。その指先が、パチン、と軽やかな、しかし死の宣告にも似た音を立てて鳴らされた。
その指が鳴らされた、まさにその一瞬だった。
冬兎らしき人物を取り囲み、一斉に斬りかかろうとしていた屈強な衛兵たちが、まるで時が止まったかのように動きを止め、次の瞬間には、誰一人として悲鳴を上げる間もなく、その場に立ったままの姿で、頭の先からつま先まで完全に青白い氷の塊へと変貌してしまったのだ。
彼らの驚愕と恐怖に歪んだ表情、振り上げた剣先、踏み出した足の筋肉の躍動感までもが、生々しいまま氷の中に永遠に封じ込められている。
「ふむ。この国の兵士の戦闘能力はこの程度か。予測値の範囲内ではあるが…正直、期待外れも甚だしい。これでは、まともなデータ収集にもなりはしないな。話にならない」
冬兎らしき人物は氷の彫像と化した衛兵たちを冷ややかに一瞥すると、心底つまらなそうに、そして侮蔑を込めてため息をついた。そして、まるで汚物を払うかのように、再びパチンと手を叩いた。
すると、先ほどまで屈強な兵士だったはずの氷像たちは、まるで薄いガラス細工が砕け散るかのように、甲高く、そして乾いた音を立てて粉々に崩れ落ち、無数のきらめく氷の破片となって舞台上に無残に散らばった。
このあまりにも衝撃的で、そして人間味のかけらもない残虐な光景を目の当たりにした観客たちは、ついに恐怖の臨界点を超え、阿鼻叫喚のパニック状態に陥った。
悲鳴と絶叫が闘技場を埋め尽くし、誰もが我先にと出口へと殺到し、弱い者は踏みつけられ、将棋倒しになりかける者まで現れる、まさに地獄絵図だ。
「おっと、いけない、いけない。観客の皆さんには、まだこの私のショーの最後まで、特等席でご観覧いただかなくては困るんだよ。君たちは、重要な『目撃者』であってもらわなくてはね」
『氷霊の鳥籠』
その魔法が紡がれた瞬間、闘技場の全ての出入り口、そしてあらゆる隙間が、まるで巨大な意思を持った氷塊が瞬時に成長するかのように、分厚く、強固な氷の壁で完全に塞がれてしまった。
出口付近でもみくちゃになっていた人々は、その場で逃げ場を完全に失い、氷壁のその冷気に触れて凍りつき、会場全体が巨大な氷の牢獄へと姿を変えた。
観客たちは、文字通り、袋のネズミとなり、底知れぬ絶望の淵へと突き落とされたのだ。
私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。




