レガリアを懸けた邂逅 04
大会本戦二日目、四季崎は優勝候補の漣と対戦する。
漣は琥珀色の肌に純白のビキニを纏い、鞭を自在に操る華麗な女戦士。
彼女の長い射程と巧みな心理戦に翻弄される四季崎だったが、鞭と木製の棍の絡み合いを利用し、武器を交換して優位に立つ。
冷静に攻撃の隙を突き、回転蹴りと鞭の連撃で漣を追い詰め、最後は鞭で首を締め上げて勝利を勝ち取った。
漣は敗北を認めつつも、四季崎の強さを素直に称賛し、二人の間に戦士としての敬意が芽生える。
会場は歓声に包まれ、予想外の結果に熱狂が広がる。
続いて登場したのは、イリーネの弟子である幻夢の歌姫・伊勢。彼女の歌声は会場を静寂に包み、聴衆の心を深く揺さぶる美しい旋律だった。
しかし、厳正な審査の結果、伊勢は最終選抜に残ることができず、深い悔しさと自分への苛立ちに襲われる。
ギルドに戻った伊勢は涙を流しながら四季崎に敗北を告げ、四季崎は彼女の歌声に感動したことを伝え、優しく慰める。
伊勢はその支えの中で少しずつ心を落ち着け、次への決意を胸に秘めるのだった。
この日、勝利の歓喜と敗北の苦悩、そして仲間同士の支え合いが交錯し、物語は次の展開へと動き出す。
⬠ 伊勢の視点
試合が動き、四季さんが攻勢に出た瞬間、僕は思わず前のめりになるほど嬉しくて、子供のようにはしゃぎそうになった。しかし、その歓喜も束の間。四季さんの渾身の一撃は上地さんに軽々と受け止められ、何か言葉を交わしたかと思うと、四季さんは再び距離を取らざるを得なくなっていた。胸の高鳴りが、急速に不安へと変わっていく。
その直後、空気が変わった。上地さんが静かに魔法の詠唱を始めると、それまでの熱気とは質の違う、まるで全てを圧殺するような重苦しい雰囲気が会場を支配し始めたのだ。
隣にいる歌川さんの顔からはサッと血の気が引き、みるみるうちに顔面蒼白になっていくのが分かった。そして、上地さんが魔法を放つその瞬間、歌川さんは会場の熱狂すらも打ち消すほどの大声で叫んだ。
「四季崎様!!躱してください!!」
その必死の叫びも、虚しく響いた。
四季崎さんは上地さんの攻撃を棍で防ごうとしたが、その武器はまるで枯れ枝のように粉々に砕け散り、勢いの止まらない攻撃は、無情にも四季崎さんの仮面に直撃した。
バキィン!という鈍く、そして決定的な破壊音が鼓膜を打つ。
四四季崎さんの仮面が砕け散り、その素顔が露わになった瞬間、会場の空気が凍りついた。まるで時間が止まったかのように、すべての音が消え失せる。
そして次の瞬間、それまで四季崎さんに向けられていた応援の声援はピタリと止み、代わりに、まるで氷のように冷たい、針のような敵意のこもった視線が無数に突き刺さった。歓声は、不気味なほどの静寂と、低い囁き声、そして明確な拒絶の色を帯びたざわめきへと変わっていった。
ボクには、その変化が何を意味するのか、すぐには理解できなかった。ただ、目の前で起こった出来事と、会場のあまりにも急激な変化に、全身の血が逆流するような感覚を覚えた。
(どういうこと? ついさっきまで、みんな四季さんを応援してたのに……なんで、急にこんな……?)
混乱と戸惑いが、ボクの頭の中をぐるぐると駆け巡った。さっきまでの熱狂的な声援はどこへ消えたんだ? あの温かい眼差しは? まるで手のひらを返したように、今は冷たい視線と、敵意とも取れる重苦しい沈黙が会場を支配している。
ボクには、会場の雰囲気が一変した理由が全く理解できなかった。ただ、得体の知れない胸騒ぎだけが、じわじわと心を蝕んでいく。答えを求めるように、ボクはすがるような思いで歌川さんを見つめた。
歌川さんが、それまでの試合解説とはうってかわって、どこか慎重な、そして重い口調で問いかけた。彼女の視線は、ボクの反応をうかがうように、まっすぐに注がれている。
「伊勢様……四季崎様が以前、あの大冠輪廻の儀で海龍を倒されたという話は、耳にされたことがありますか?」
その言葉に、ボクは脳裏に浮かんだ光景に息を呑んだ。数日前、揺れる船の上で相模さんが語ってくれた、あの日の出来事。そうだ、あの時、相模さんは確かに言っていた。四季崎さんは、ただ会場の警備にあたっていただけだった、と。
「はい……」ボクはこくりと頷いた。
「あの時、四季崎さんは会場の警備をされていた、と聞きました」
相模さんの言葉を反芻しながら答えると、胸の奥で嫌な予感が急速に膨らんでいくのを感じた。
「ええ。あの大冠輪廻の儀における海上の決勝戦は、海の民にとって最も名誉ある戦いの場。そして、その年の栄冠を見事勝ち取ったのが、マーメイド族の若き英雄…上地様だったのです」
歌川さんは一度言葉を切り、深く息を吸った。
「しかし、その輝かしい勝利の余韻も冷めやらぬうちに、四季崎様が襲撃してきた海龍を討伐されたことで…図らずも、上地様の偉業に水を差し、その栄光に影を落とす形になってしまったのです」
(そんな…!四季さんは何も悪くないじゃないか!ただ、その場に居合わせて、人々を守るために戦っただけなのに…!)
ボクの心の叫びが聞こえたわけではあるまいが、歌川は静かに続けた。その声には、どうしようもない過去の出来事を語る重みが含まれていた。
「マーメイド族は、ご存知の通り、海上、海中においては無敵を誇る誇り高き海の民。彼らにとって、自分たちの聖域とも言える海で起きた災厄――あの海龍を、いわば『陸の者』である四季崎様に討伐されてしまったことは、想像を絶する屈辱だったのでしょう。陰で上地様をはじめとするマーメイド族の方々は…心無い者たちから、こう囁かれることになったのです」
歌川さんの声が、一層低くなった。まるでその言葉を口にすること自体が、彼女にとっても苦痛であるかのように。
「『海の覇者も聞いて呆れる。陸から来た異端者にすら劣る、取るに足りない小魚だ』と…」
「要するに! あの儀式のせいで自分たちがみっともない姿を晒したって、ただ逆恨みしてるだけじゃないですかっ!」
思わず声を荒げてしまったボクの口を、歌川さんが素早く、しかし有無を言わせぬ力で塞いだ。彼女は周囲に「申し訳ありません」と小さく頭を下げながら、ボクの腕を引いて少し離れた場所へ移動する。
そして、咎めるような、しかしどこか悲しげな瞳で僕を見据え、低い声で叱った。
「伊勢様、お声が大きすぎます!」
ボクはハッとして口を噤んだが、納得できない気持ちは依然として胸の中で渦巻いていた。そんなボクの表情を読み取ったのか、歌川さんは深い溜息をつき、静かに、しかし切実な声で説明を続けた。
「どうか、考えてみてください。遠い昔、あの聖魔大戦の時代…マーメイド族は、強大な魔王軍によって、故郷の海を蹂躙され、想像を絶する苦しみを味わいました。そして現代において、四季崎様のような『異端者』と呼ばれる方々は、一部で魔王軍の生き残りではないかとまで囁かれているのです。そのような謂れのない噂がある中で、再びマーメイド族が…今度は『異端者』によって、その誇りを傷つけられ、侮辱される形になってしまった。彼らにとって、それは過去の悪夢を呼び覚ますような、耐え難い出来事だったのかもしれません」
歌川さんの言葉は重く、ボクの心にずしりとのしかかってきた。理不尽だとは思う。どうしても納得できない。それでも、彼らが抱える歴史の傷の深さと、そこから生まれる歪んでしまったプライドや複雑な感情の一端に触れたような気がして、それ以上何かを言い返すことはできなかった。怒りや反論の代わりに、どうしようもない無力感と、四季さんへの申し訳なさが胸に広がっていく。
そんな僕の沈黙を破るように、歌川さんは静かに、しかし強い意志を込めた声で続けた。
「だから、イリーネ先輩は…本命である伊勢様とは別に、万が一の事態に備えるための予備策として四季崎様にもご参加いただき、そして四季崎様の安全を第一に考えて『不知の仮面』をお渡しして、その素性を隠蔽されていたのです。この状況も、ある程度は想定されていたのかもしれません」
その言葉に、ボクはハッと顔を上げた。
「イリーネさんが…? あんなにいつも飄々として、すごく楽しんでるように見えましたけど……そこまで深く考えて、手を打っていたんですか?」
普段の奔放で、どこか掴みどころのない彼女の姿からは想像もつかない深謀遠慮に、ボクはただただ驚かされるばかりだった。
四季さんがここにいる理由、仮面をつけていた意味…その全てが、イリーネさんの見えない配慮の結果だったというのか。
「ふふ、まあ、半分はご自身の純粋な『お遊び』…つまりは、この状況そのものを楽しむためだったと思いますよ?」
と歌川さんは少しだけ口元を緩ませたが、すぐに真剣な眼差しに戻って付け加えた。
「ですが、イリーネ先輩が『レガリア』の不当な扱いに、誰よりも憤りを感じ、その改善のために裏でどれほど尽力し、断固として抗議の声を上げていたのかもまた、紛れもない事実です。今回のことも、その一環だったのでしょう」
その言葉が、ずしりと重く胸に響いた。
イリーネさんの、ただ楽しんでいるだけではない、見えないところでの戦いと苦悩。そして、その大きな流れの中で、今、四季さんはたった一人で矢面に立たされている。
僕は、祈るような気持ちで、再び舞台上の四季崎さんを見つめた。先ほどよりもずっとその背中が小さく、そして痛々しいほどに孤独に見える。
(四季崎さん……頑張って……お願いだから、負けないで……!)
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