エセルニア中央大陸 01
青空に包まれた巡航船上で、四季崎 是空は静かな昼下がりを過ごしていた。
風運商会の御曹司・風運 集治率いる若者たちの挑発を受けた彼は、魔法戦闘でデッキを破壊する騒動を引き起こす。
集治の護衛である相 模行光が介入し、四季崎が3年前の「大還輪廻の儀」で海龍を倒しながら「異端者」の烙印を押された過去を暴露。
正義感の強い少女・伊勢は四季崎を非難するが、彼が無実の罪で迫害されてきたと知り動揺。一方、恐怖で気絶した集治を庇う相模は彼を許してもらうよう懇願する。
船長・下関は「正義の形は一つではない」と伊勢に諭すが、彼女は法と人情の狭間で苦悩する。
四季崎は冷めた表情で現実と向き合いながら、聖都カルマティア到着を目前に船上の日常に戻っていく。
船員に半ば引きずられるように連れられた四季崎は、金属の軋む音が響く操舵室に入った。
ガラス張りの窓越しに広がる紺碧の海が、前方に迫る陸地の輪郭を鈍く切り裂いていた。
魔導式計器の青白い光が、刻々と変化する数値と共に室内を染める。通信機から漏れる断続的なノイズが、緊迫した空気を掻き乱す。視界の隅で、操舵士見習いの堀が震える手で舵輪にしがみつく姿が見えた。
船員が四季崎を操舵室の中央に押しやり、『おい、謝っとけよ』とだけ言い残して、出入口の方へと足早に去っていった。四季崎はコートの襟を正し、ゆっくりと首を回して状況を把握しようとする。傷ついた鯨のように呻く船体の振動が、靴底から伝わってくる。
四季崎が歩み寄ると、操舵桿から手を離した堀が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。その瞬間、舵輪が暴れ出し、船体が大きく傾く。隣にいた別の船員が慌てて舵輪を押さえ、制御を取り戻す。船員は苦虫を噛み潰したような表情で四季崎を睨んだ。四季崎は、堀越しに謝りながら、彼を見た。
「四季さん!遅いですー!俺、まだ素人同然って前にも言ったじゃないですか!もう心臓がバクバクでしたよ!」
堀が泣きつくように四季崎に抱き着くと、四季崎は「重いぞ」と苦り切った声を漏らしながら肩を押し返した。風運との戦いで負った腕の傷が軋み、眉を顰める。
無理に引き離すと、眼前の堀は悪戯が成功した子どものように舌を出していた。傷を刺激された苛立ちと、それを見越しての仕打ちだと気付き、「すまなかったな」と呆れ混じりに相手の肩を小突いた。
堀には「近くで見学していろ」と伝えると、楽しそうに椅子に座った。
操舵悍を支えてもらっていた船員にお礼を言いながら、変わると気持ちを引き締めた。
一部始終を見ていた船長は、堀の成長を温かい眼差しで見守り、やがて自分も操舵室全体を見渡せる定位置の船長席に戻り、ゆっくり腰を下ろして場の空気を引き締めるように四季崎に声をかけた。
「四季。着岸作業、任せたぞ」
四季崎は操舵桿を握り直し、小さく「はい」と短く答えた。即座に着岸準備にかかり、計器を確認しつつ他の船員に風向きや海流の詳細をテキパキと指示した。その姿は、熟練の航海士そのものだった。
四季崎の的確な指示で操舵室は次第に落ち着きを取り戻し、先ほど自分を連れてきた船員が持ち場に戻る前にどうしても気になったことがあるらしく、再び声をかけてきた。
「下関船長、さっき変な女の子に無理やり連れられて行きましたけど、結局大丈夫でしたか?上部甲板がとんでもないことになってましたけど、一体何があったんです?」
船員は心配と好奇心が入り混じった表情だった。
その質問を聞いた船長は深いため息を漏らし、観念したように操舵室の船員たちに先ほどの上部甲板での経緯を掻い摘んで説明した。説明を終えた後、船長は改めて四季崎に向き直り、低い声で言った。
「四季、すまなかったな。さっきはお前を庇いきれなかった」
「いえ、船長。大丈夫です。状況を総合的に見れば、あれが最適な対応だったと思います。お気遣いありがとうございます」
船長の率直な謝罪に、四季崎は内心じんわりと嬉しさを覚え礼を言った。そんな二人のやり取りの後、唐突に堀が椅子を回転させ後ろを向き、目を輝かせながら口を開いた。
「船長!さっき話に出てきた『異端者』って結局何ですか?俺、初めて聞きました!」
堀の純粋な好奇心に、船長は呆れた表情の中に苦笑を浮かべて答えた。
「堀、おめぇ、この船に乗って今から聖都カルマティアに向かうってのに、そんな基本的なことも知らねぇのか。もっと世間のことにも目を向けろ。しっかりしろよ。」
「いやだって、俺、日々の操舵の勉強で手一杯なんすよ。」
堀はむくれながらも、好奇心が抑えられない様子で話を急かすようなそぶりを見せた。船長は最近の若者はっといわんばかりに、首を振りながらも教えてくれた。
「はぁ……まぁ、気持ちは分かるがな。俺もその定義や歴史的経緯は詳しく知らん。」
「え⁉船長も知らないんですか?」
堀は「なーんだ」とつまらなさそうに、少しは興味が無くなったような雰囲気を醸し出した。
「あぁ、あくまで噂程度の知識だ。たしか30年前に現法王聖下が即位した際、新たな時代の始まりとして聖典を自身で解読し直した。その時、見過ごされていた記述が発見され、異端者に関する新たな事実が明らかになったらしい」
船長は記憶を探るように首の後ろに手をやり、自信なさげに答えた。堀の話に付き合っている船長に呆れながらも近くにいた年嵩の船員が話を継いだ。
「あぁ、異端者のことか。聖典の記述によれば、精霊の恩恵を受けられなかった者は、かつて世界を恐怖に陥れた『封印された魔王』の魂の欠片を受け継ぐ残党だそうだ。だから精霊に忌み嫌われるとかなんとか……」
その俗っぽく偏見に満ちた話を聞き、四季崎は誰にも気づかれぬよう眉をひそめた。
「へぇー、魔王って本当にいたんだ……おとぎ話じゃないんすね」
私の作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!感想を聞かせていただけると嬉しいです。




