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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
楽園から来た蜻蛉の男

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15.望みは変わらず

 朝焼が敗北したという事実は、瞬く間に広まっていき、まだ動けていた蜻蛉たちの戦意を大いに奪っていった。

 逆に蜘蛛たちの士気はどんどん高まっていき、あっという間に勝敗はついてしまった。

 ここに暮らす蜘蛛たちとしては、一刻も早く屠りたい相手であっただろう。だが、生き残った蜻蛉たちの戦意喪失と、千夜の命令により、それは阻止された。生け捕りにされた朝焼と、死にきれなかった蜻蛉たちは、そのままぐるぐる巻きにされて、手下蜘蛛たちによって場外へと運ばれていくことになったのだ。

 行先は勿論、東の楽園である。殺さず追い出すという判断には賛否の声もあった。否は、甘いという声だ。だが、これ以上、協力するつもりはないという意思を伝えるのには十分ではあるだろう。

 結局のところ、千夜の決断を覆す者は現れず、朝焼たちは生きたまま返される事となった。


「万が一、これで女神軍勢がまた攻め込んでくるような事があろうと、何度でも我らが追い返すのみ」


 運搬の得意な手下蜘蛛たちに蜻蛉たちが運ばれていくのを共に見送りながら、朔はそう言った。


「城主様が諦めぬ限り、ワシも戦い続けるだけだ」


 その体には新しい傷がある。老体には辛い戦いだっただろう。それでも、彼はぴんぴんしていた。

 無論、彼のような者ばかりではない。戦った蜘蛛の中には怪我から回復出来ていない者もいる。そんな中で、わたしが深手を負わなかったのは奇跡だろう。傷だらけにはなってしまったけれど、迷の食事に付き合うだけの体力は、しっかりと残っている。


「その時は、わたしも一緒です。共に戦いましょう」


 溢れる闘志のままにそう言ってみれば、朔は半ば呆れたように笑みをこぼした。


「やれやれ、我らが城に咲く花はだいぶ血の気が多いようだ。勇ましいのは悪い事ではないが、己が役目を忘れぬようにな」


 そう言ってのしのしと去っていく彼の背中に、わたしは静かに呟いた。


「……勿論ですよ」


 自惚れているつもりなどない。前回も、そして今回も、運が味方に付いただけだと。皆、わたしの事をその辺に生えている草花の妖精に過ぎないと甘く見ていたからこそ、上手くハマっただけなのだろう。

 妖精の世界はそんなに甘くない。奇跡がそう何度も起こるわけではなく、次はもしかしたら、呆気なく散らされて、この世を去る事になってもおかしくはないのだ。


 だが、だとしても、わたしは今回の行動を後悔してはいない。あの時、わたしが真っ先に動けたからこそ、迷を連れ戻されたのだ。わたしが誰よりも先にたどり着けたからこそ、迷を千夜のもとに返すことが出来たのだ。

 その結果、この北の地は東の地との関係は悪化するだろう。もしかしたらその事は、今後、夕闇と再び戦う事になった際に、足を引っ張る事に繋がるかもしれない。


「──だが、それが何だというのだ」


 雪のように冷たい声色でそう言ったのは、玉座につく千夜だった。

 相手は、この城に仕える手下蜘蛛の一人。迷が言っていたように、夕闇を恐れる蜘蛛たちの中には、女神を敵に回すことを良く思わない者も当然いる。

 迷を巡って女神と戦う羽目になったこの事態に対し、きっかけを作ったわたしに何らかの処罰を求める声もあるそうだ。彼が報告したのは、そのような事だった。

 だが、それに対し、千夜は言ったのだ。


「いずれにせよ、こうなっていただろう。それに、あちらの思惑がはっきりとした今、それに付き合うつもりはない。蜻蛉たちを送り返したのがその答えだ。皆に伝えるがいい。私に追従できぬなら、この城に止まらずとも良いのだと」


 はっきりと告げる千夜を前に、彼はたじたじのていで頭を下げ、そのまま引き下がっていった。


「……よろしいのですね」


 沈黙の中、そっと彼女に問いかけたのは、傍に控えていた朔だった。彼に対し、千夜は静かに言った。


「後悔はないさ。迷を手放したのは、その身を守るため。殺されると分かっていて、あのようなことはしないさ。それとも、不満か?」

「いいえ」


 朔が静かに答えると、千夜は小さく笑い、そして、玉座の間の隅でそっと小さくなっていたわたしへと視線を向けてきた。


「さて、待たせたね、銀花。こちらへ」


 目の前に来るように言われ、わたしはびくびくしながらそれに従った。千夜と二人で話すことはあっても、玉座の前ということはあまりない。はっきりと覚えているとすれば、それは、初めて捕まった頃の事。彼女に仕える多くの蜘蛛たちに見守られながら前に立つのはやはり緊張してしまう。そのため、ガチガチになりながら頭を下げる羽目になった。


「楽にしていい」


 千夜にそう言われ、そっと視線を上げると、彼女は小さくため息を吐いた。


「また君の負けん気に助けられてしまったようだ。まさか、部下の拾い物がここまで役に立つとはね。感謝するしかなさそうだ」


 軽く笑ってから、千夜はじっとわたしの顔を見つめてきた。


「流石に二度ともなれば、頭も上がらない。感謝の言葉と衣食住の約束だけでは足りないだろう。銀花、何か望みはあるだろうか。私に出来る事ならば、叶えてやろう。自由にして欲しいと望むならば、それもいい」

「望みだなんて……そんな」


 息を飲みながら、わたしはどうにか答えた。


「わたしはただ、これからも、今までと変わらず迷にお仕えできればそれでいいです」


 実のところ、思いつかなかったという方が正しい。だが、迷の傍にいられるのならばそれでいいというのも確かだった。不本意な状況で辿り着いた場所ではあったけれど、ここがわたしにとって居心地のいい居場所であるのは確かなのだから。

 そんなわたしをじっと見つめ、千夜は静かに頷いた。


「分かった。それなら、これからもそうしてくれ」

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