14.傷を負いながら
加勢をしなければ。
そう思って前へと飛び出そうとしたその時、わたし達の到着に気づいた朝焼が号令を下した。すると、何処に潜んでいたのだろう、程なくして彼の部下である蜻蛉たちが集まってきた。
「これ以上、この城を血で穢したくないならば、そろそろ大人しくなさい」
朝焼が静かに告げるも、すぐに迷が叫んだ。
「駄目です、城主様。どうか諦めないで!」
迷の言葉が力となったのだろう。千夜は険しい顔で身構えた。その様子に、朝焼は呆れたようにため息を吐いた。
「仕方ありませんね。可哀想ですが、こちらも容赦いたしませんよ。……かかれ!」
厳しい声で号令が下ると、蜻蛉たちは一斉にわたし達へと襲い掛かってきた。彗が真っ先に前へと出て、蜻蛉たちを相手にする。けれど、一人で止めきれるはずもない。わたしもまた彗から貰った武器を手に蜻蛉に切りかかった。
きっと、わたしを甘く見ていたのだろう。真っ先に向かってきた蜻蛉は、あっさりとわたしに切られて倒れ伏した。その手から木の槍が転がり落ちる。静かにそれを拾ったのは、迷だった。ちょうどその時、彗もまた一人を切り伏せてしまった。
一度に二人やられて、残された蜻蛉たちは、動揺を見せる。だが、その闘志は尽きていないようだった。
「怯むな。女神様の為に!」
一人がそう言うと、他の蜻蛉たちも雄叫びをあげた。
傷つくことを恐れないらしい。それならば、わたしだって恐れるわけにはいかなかった。この場所はわたし達の場所。女神を中心とした大義があろうと、それが恐ろしい魔女──夕闇を倒すために必要な過程であろうと、わたし達が犠牲になるつもりなど何処にもない。
──この場所は……わたし達の場所……!
傷つく恐怖を振り払い、わたしもまた蜻蛉たちに立ち向かった。
蜻蛉たちは恐ろしい。肉食妖精なのだから当然だ。普通ならば、花の妖精が立ち向かうべき相手ではない。けれど、そうだからこそ、蜻蛉たちにも油断や戸惑いが生じるのだろう。間違ってはならない。彼らは悪人ではない。悪事の為にこんな事をしているわけではなく、自分たちにこそ正義があるのだと信じている。その感覚こそが、わたし達との戦闘にも現れているのかもしれない。
苦戦は強いられたが、絶望的な敗北とは程遠い。傷つくことを恐れなければ、勝つ事だって可能なはず。打たれても、傷つけられても、彗から貰った武器だけは手放さぬよう維持を張り、わたしは立ち向かい続けた。
蜻蛉たちには弱点がある。それは背中の翅だ。力強く飛ぶことが出来るその翅も、石の刃には負けてしまう繊細さがある。その事を、誰よりも蜻蛉たち自身が知っている。もしも傷つき飛べなくなれば、それこそ蜻蛉の威信にかかわるのだろう。
だから、背中を狙えば彼らはとっさに庇ってしまうし、その間には胴が隙だらけとなった。
一人、また一人と、傷つけ、返り血と悲鳴、それに恨み声を浴びながら、わたしは心を無にしていった。とにかく、敵を減らさないと。そんな事だけが思考として残っていた。
「銀花……」
迷にふと名を呼ばれ、わたしは我に返った。気づけば、戦える蜻蛉はもういなかった。わたしも、迷も、そして彗も、皆、傷だらけになってしまっていたけれど、最後まで立っているのはわたし達の方だった。
「女神の加護よりも、蜘蛛の魔女の誇りの方が勝ったようだね」
傷ついた腕を庇いながら彗がそう言うと、蹲ったまま呻く蜻蛉の一人がわたしたちをキッと睨みつけてきた。
「愚か者どもめ……貴様らが従いさえすれば……女神様の言葉を信じさえすれば……何も恐れる事はないという……のに……」
そのまま意識を失う彼を見つめ、わたしもまた足のふらつきを感じた。何処をどう怪我しているのかも自分ではよく分からない。ただ、体を穢しているのは返り血だけではないだろう。どくどくとした痛みと、流れる体液と、異様なほどの甘い香りに包まれながら、それでもどうにかわたしは千夜の姿を捜した。
千夜は、まだ戦っていた。朝焼も、まだ諦めてはいない。互いに傷だらけだ。だが、状況的に大勢は決したと言ってもいいだろう。戦える蜻蛉はもう駆けつけて来ないようだから。それでも、朝焼の表情からは、闘志が抜けていなかった。
激しく息を荒げ、朝焼は千夜に飛び掛かった。けれど、千夜は冷静だった。糸を操り、朝焼の周りを取り囲む。そして、逃げ場を失わせると、新たな糸を用いて、彼の持つ槍を弾き飛ばしてしまった。武器を手放し、思わず怯む彼の腕を、千夜の糸は容赦なく捕まえる。途端に身動きが取れなくなって蹲る彼のもとへ、千夜は静かに近寄っていった。
「もう諦めろ」
千夜は静かに言った。
「傷つき、倒れ、それでもまだ息がある仲間たちのためにも、大人しく降伏するがいい。命までは奪わない。この場を去り、二度と、私たちの前に現れるな」
冷たく命じる千夜を、朝焼は恨めしそうに見上げた。
「蜘蛛の魔女よ……一度、夕闇に敗北した貴女の力を、我々は過信することなど出来ない。貴女が再び奴の手に落ち、その力とこの地が奴の領地になるくらいならば、いっそのこと、貴女こそが我らが女神様の贄となるべきだ」
「言いたいことはそれだけか。ならば、その口、封じさせてもらう」
そして、千夜は糸を操ると、朝焼の体を完全に拘束してしまった。
かくして、戦いは終わった。敵も味方も傷つき倒れた者だらけとなった。無傷でいられた者は、恐らくいなかっただろう。蜻蛉たちを追い出し、脅威を払うことは出来たが、女神の協力という心強さもまた霧のように消えてしまった。
けれど、城は守られたのだ。
わたし達の居場所は、まだここにある。




