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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
楽園から来た蜻蛉の男

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13.城の内部へ

 それは、わたしがこの城を飛び出してすぐの事だった。

 彗はわたしを見送ると、すぐに千夜のもとへと向かったという。朝焼らと今後の話し合いを進めていた彼女だったが、彗の報告を聞くなり、表情は変わった。だが、その後しばらくは、意図して何事ともなかったように振舞っていたそうだ。

 千夜たちの狙いは、朝焼たちに悟られないことだった。こちらが気づいたことを、向こうに気づかれないこと。それを意識しながら、まずは独りで飛び出してしまったわたしを彗や蜘蛛たちに追いかけさせようと準備を進めたらしい。しかし、その計画は、失敗に終わった。


「夜中の事だ、全ての準備が終わって、城主様の命令が密かに下り、私たちがこの城を発とうとしたその時、蜻蛉たちが先に動き出したんだ。朝焼もまた、私たちの動きに気づいていたのだろう。行く手を阻まれ、城から出られないように封鎖をした。その上で、城主様を捕えようと襲い掛かってきたんだ」


 彗は低く唸るように言った。

 その後、戦い、逃れるうちに、千夜や蜘蛛たちは離れ離れになってしまった。彗を含めた複数の蜘蛛たちは、城の出口を塞ぐ蜻蛉たちと戦い、どうにか突破して外へと抜け出した。

 だが、その際に傷つき、倒れてしまった仲間もたくさんいたという。彗もまた、そうやって何度も挑み、ようやく外に逃れてきたのが、わたし達の鉢合わせたあの瞬間だったというわけだ。


「そういうわけで、約束通り追いかける事が出来なかったんだ。すまなかったね、銀花。よく、一人で迷を取り戻してくれたね」

「迷がわたしを抱えて空を飛んでくれたお陰でもあるの。わたしはただただ楽園の蟻たちの列に突っ込む事しか考えていなかったから」


 もしも、迷に翅がなく、わたしのように力のない妖精であったなら、ここまで上手く逃げる事も出来なかったかもしれない。迷がすぐに理解して、行動してくれたからこそ、今があると言ってもいいだろう。

 けれど、迷もまたため息交じりにこう言った。


「勇気があるというべきか、向こう見ずをいうべきか、迷うところだけれど、少なくともそのお陰でアタシも助かった」


 そして、彼女の眼差しは、そのまま糸の城へと向けられた。


「けれど、安心してはいられなさそう。城主様が今どうしているか、彗にも分からないのね?」

「ああ、目の前の敵を倒し、蜻蛉たちを惹きつけながら戦うので精一杯だった。きっと、朔や他の蜘蛛たちが城主様と一緒にいると信じたいところだけれど……」


 そう言って、彗は表情を曇らせる。

 気になるのは朝焼の事だ。彗を仕留めようと加勢したあの時、彼の表情には余裕があった。すでに千夜を捕まえていて、残された敵を排除しようとしていたとも考えられる。となれば、城の中はどうなっているだろう。


「いずれにせよ、この目で確認しなければ分からない」


 迷の言葉に、わたしも、彗も、強く肯いた。


 城の周囲を飛び回る蜻蛉たちの様子を窺いながら、わたし達はどうにか城へと近づいていった。自由に空を飛び回る彼らの方が有利に感じられるところだったが、千夜が新しく生み出したこの構造を熟知しているのはわたし達の方だ。どこに入り口があり、どのようにして潜入すればいいのかは、悩む必要もなかった。

 それに、幸いなことに、立派な翅と体を持つ彼らは、わたし達に比べて小回りが利かないらしい。千夜の糸の張り巡らされた世界を歩くことに慣れているわたし達に対し、楽園で生まれ育った彼らは時折、翅や手足、それに衣装が引っかかり、苦戦しているようだった。


 そのお陰だろう。


「いたぞ、そこだ!」


 城へと入り込む直前、上空より蜻蛉たちの監視の目に晒されたものの、捕まることなく、小さな通用口より中へと逃げ込むことが出来た。


「くそ、チビ共め」


 すぐさま地上に舞い降りてきた蜻蛉たちが外側から手を伸ばす。だが、彼らには入れない。通用口は、翅をぺたりと広げた迷がようやく通れるだけの大きさだから当然だ。

 けれど、もたもたしてはいられない。程なくして、蜻蛉たちが城の壁を壊そうと攻撃し始めたからだ。その物騒な音に背中を押されるまま、わたし達は中へ中へと逃げ込んでいった。

 そして、走り出してすぐ、辿り着いた広間の一つにて、彼を見つけたのだった。


朔爺さくじい!」


 迷がその名を呼んだ時、朔はちょうど蜻蛉をひとり仕留めたところだった。翅をもがれ、苦しそうに呻きながら絶命する敵から身を放すと、朔はわたし達を振り返った。


「迷……それに、銀花も……よくぞ生きていた」

「朔さん、城主様は?」


 近づくなり訊ねると、朔は一方を指さした。

 玉座の間だ。


「……まだ戦っておられるはずだ」


 そう言った直後、朔はその場にしゃがみ込んでしまった。よく見れば、体はボロボロだ。老体で無理をしてきたのだろう。


「朔殿!」


 身を按じて庇おうとする彗に、朔は首を振った。


「ワシは平気だ。それよりも……城主様を」


 息を整えながら懇願するように訴えてくる彼の願いを、無視することなんて出来るはずがなかった。


「……分かりました。すぐに向かいます」


 彗よりも、そして、迷よりも先に、わたしはそう言うと走り出した。

 ここから玉座の間はそう離れていない。それに、行く手を阻む者もいなかった。周囲には蜻蛉の死骸があちらこちらにある。それと同時に、彼らと戦ったのだろう蜘蛛の死骸もあった。息のある者もいるようだったが、動けないらしい。敵だろうが、味方だろうが、そんな彼らを視界から外し、わたしはただただ千夜の気配を辿っていった。

 そして玉座の間にたどり着いた時、その姿は確認できた。


 ──城主様……!


 玉座の前に千夜はいた。朔の部下でもあった近衛の手下蜘蛛たちは、すでに傷つき倒れている。だが、同じ数だけ蜘蛛たちも倒れていた。その中で睨み合っているのは、他ならぬ千夜と、そして朝焼だった。

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