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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
楽園から来た蜻蛉の男

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9.女神たちの狙い

「全ては朝焼様の合図があってからだ」


 腕を組みながらそう告げるのは、朝焼の部下の中でも最も地位の高い蜻蛉だった。


「まずはあの蝶が無事に女神様の元へ届けられるのを静かに待て。その後、事が運べば必ず連絡が来る。真実を知れば、蜘蛛の魔女は怒り狂うだろう。だが、恐れるな。女神様のお力が戻りさえすれば、我々にもそのご加護がついてくる。決して敵わぬ相手ではない」


 ──これは、一体……。


 わたしは茫然としながら耳を傾け続けた。

 彗も同じだ。わたしの傍にぴったりと体をくっつけて、耳を澄ませている。どうも、よくない話し合いをしているらしい。それも、聞き逃してはならないような話を。


「夕闇は決して侮るべきではない相手だが、女神様のお力さえ戻れば何とでもなる。卵一つで力が増したのだ。体一つ、丸ごとお召し上がりになれば、効果は言うまでもないだろう。あの蝶は間違いなく、愛し子の資格がある。生贄は送った。あとは我々だ。必ずやり遂げるのだ。女神様のため、我らの楽園のため、この城を朝焼様のものに……」


 震えてしまった。あまりに恐ろしいその内容に、現実を受け止めきれない。

 ずっと味方だと思ってきた彼らが、突然、得体の知れない化け物のように見えてしまった。だが、その衝撃に放心している場合ではなかった。


 ──迷!


 震えながらどうにか、わたしは後退した。蜻蛉たちに気づかれぬようその場を離れ、乱れかけた呼吸を整える。共に聞いていた彗が心配そうに近寄ってきた。どうやら、わたしも彗も気づかれてはいない。けれど、どうしよう。


「やっぱり君の勘を信じて正解だった」


 そっと彗は囁いてきた。


「これから私は城主様に伝えに行く。君はどうか、部屋に戻って──」


 だが、そんな事が出来るはずもなかった。血の気の引く感覚に飲まれそうになるのを必死で抗いながら、私は彗に訴えた。


「わたし、追いかけてくる」

「……何を」


 肩を掴まれたが、その力強さが却ってわたしの心を落ち着けてくれた。


「彗は城主様にお伝えして、そして、すぐに追いかけて来て。わたしを追いかけるのは、彗なら容易いでしょう。だから、お願い」


 とにかく急がねば取り返しがつかない。

 それは彗にだって分かっていたのだろう。どれだけ説得しようとわたしの意思は変えられない。そう悟ったのか、彼女は渋い表情を浮かべつつ、すぐに頷いた。


「分かった。なら、これを持っていきなさい」


 渡されたのは、石の武器だった。


「前のように木の棒では心許ない。私は他にも持っているから心配はいらない。あげるよ。相手は小柄だとはいえ私と同じ蟻たちだ。絶対に無理をしては駄目だ」


 託された武器を握りしめ、わたしは何度も頷き、囁いた。


「……行ってきます」


 蜘蛛たちとは全く違う眼差しで、彗はわたしを見つめ、そして静かに頷いた。勿論、心配はしているだろう。いくらわたしが厳めしい事を言おうと、戦士として、蜘蛛たちほどの信頼なんてないだろう。だけど、蜘蛛たちとは違って阻んだりしない。そこが非常に有難かった。

 勿論、この場でそんな事を許してくれるのは彗だけだろう。蜘蛛たちに見つかればとんでもない騒ぎになるし、連れ戻される。だから、わたしは一人、隠れ潜みながら、城から遠ざかっていった。向かうは勿論、迷を乗せた駕籠が去っていった方角。


 ──追いつけるかな。


 あれからそんなには経っていない。けれど、走って追いかけてみても、なかなか追いつかなかった。行列の最後尾すら見えない。向かう方角は間違っていないはず。だとしたら、まだまだかなり先だという事だ。


 ──迷。どうか待っていて。


 ひたすら願い、追いかけながら、わたしは怒りと悲しみを心の中で燻らせていた。どうして。そんな問いばかりが頭に浮かぶ。女神が千夜の味方ではなかったなんて。それどころか、迷にまで危害を加えようだなんて。

 楽園がどれだけ妖精たちにとって大切なのか、女神の力がどれだけの妖精たちにとって頼られているのか、そんな事は分からない。だが、たとえこれが夕闇を確実に排除するために必要なことなのだとしても、絶対に認められない。

 だって、わたしが望んでいる世界は、迷が喜ぶ未来だけなのだから。


 ──迷を返して。


 石の武器を握りしめ、走り続けてしばらく。彗たちはまだ追い付いて来ないあたり、さほど時間は経っていないだろう。けれど、疲れの為だろうか、わたしにとっては、途方もなく長い時が過ぎたかのように感じられた。そして、蓄積された疲労が体と、心を蝕み始めたその時、わたしの視界にようやくそれは見えてきた。

 赤い装束の蟻たちの行列。遥か向こうには、迷を乗せている葉っぱの駕籠がある。


 やっと追いついた。

 けれど、ここからだ。ここからが勝負だ。


 疲れと絶望で尽きかけていた闘志が燃え盛る。翅でも生えてきたかのように走り、わたしはそのまま蟻の行列へと飛び込んでいった。わざと体当たりをし、隊列を大きく崩し、そのまま迷の乗る駕籠を目指す。

 突然の襲撃に、赤い装束の蟻たちは混乱し始めた。だが、やがて、数名の蟻たちが隠し持っていた武器を取り出した。

 石の刀だ。わたしが彗に持たされたものと同じ。武器は同じだが、相手は戦い慣れた蟻である。まともにやり合えば、不利なのはわたしの方で間違いない。だから、わたしのやるべき事、目指すべき事は一つだった。


 まずは迷のもとへ。

 一心不乱に武器を振り払い、わたしは無我夢中で駕籠までの道を作っていった。

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