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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
楽園から来た蜻蛉の男

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8.止められぬ決意

 迷の気持ちは、結局変わらないままだった。

 そもそも城主である千夜にすら止められないというのに、どうしてわたしに止められるだろう。そのまま、事は運んでいき、あっという間に迷が楽園へ引き取られる日が決まってしまった。


 千夜は寂しいだろう。本当は拒否したかったのではないか。いや、ひょっとしたら、拒否して欲しいとわたしが願っているのかもしれない。何故なら、もしかしたら、わたしの方が千夜よりもずっと迷に恋焦がれているのかもしれないのだから。

 しかし、これが他ならぬ迷の決意となれば、わたしにもまた止められない。行かないで欲しいという願いも、せめて連れて行って欲しいという願いも、全てが迷を困らせてしまう。そう思うと、もはや何も言えなかった。わたしに許されているのは、彼女を見送る事くらいのものだった。


 そして、とうとうその日はやってきた。


 千夜の作った蜘蛛の糸で出来た銀色のベールを被せられ、迷はこの城を去る準備を粛々と進めている。その傍に寄り添い、見送る前の食事を共にする。

 唇を重ね、ぎゅっと抱きしめられ、その甘美な感触と共に心を締め付けられるような苦しみが湧いてきた。

 これで最後だなんて信じたくない。呆気なく食事が終わり、いつまでも抱き着こうとするわたしの手を、迷はそっと握り、諭すように言った。


「銀花、あなたの事は城主様が大事にしてくださるわ」

「……迷」


 行かないで、と言いたい気持ちを堪え、わたしは黙って頷いた。


 準備を終えると、すでに東の楽園の使者たちが待っていた。ここに滞在し続ける朝焼たちだけでなく、迷を楽園まで運ぶための葉っぱの駕籠かごが用意され、楽園に暮らしているという赤毛の小柄な蟻たちが待機していた。

 その駕籠に迷が乗り込むと、千夜が近づいていき、小さく何かを言い交わす。だが、それも束の間の事で、迷を乗せた駕籠はあっけなく運ばれていった。


 城に仕える蜘蛛たちは、皆、迷を称えるように別れを惜しんでいた。しかし、誰一人として帰ってくるように言う者はいない。

 千夜もまた寂しそうな表情を薄っすら浮かべているだけだ。今すぐにでも阻止したいとまで願っているのは、本当にわたしだけだったのかもしれない。しかし、止めるなどという事が出来るはずもなく、迷を乗せた駕籠はどんどん遠ざかり、どんどん小さくなっていった。


「……行ってしまった」


 ざわめく城の中で、そっと呟くわたしの声は、きっと誰にも聞こえなかっただろう。やがて駕籠が完全に見えなくなると、千夜は朝焼に声をかけられ、城の奥へと引っ込んでいった。そして、残った者たちへ、朔が仕事に戻るようにと声をかける。

 さて、わたしはどうなるのだろう。役目を失ってしまったわたしは。そんな事を考えてながら周囲を窺っていたその時、ふとわたしの視界を朝焼の部下たちが横切っていった。何気なく、その動きを目で追っていると、彼らは蜘蛛たちの様子を窺い、何か話し合いながら城の裏側へと消えていった。


 ──何だろう。


 妙な胸騒ぎがした。勝手な行動は慎むべきだと分かっていたが、少し追いかけてみたくなった。そっとそちらへと向かおうとしたその時、わたしの手を掴む者がいた。手下蜘蛛の男性だった。


「こら、何処へ行くつもりだ」


 やや乱暴に捕まれ、その力強さに怯みつつも、わたしは蜻蛉たちの姿を確認した。見失ってしまいそうだ。


「あ、あの、わたし……」

「不用意に外をうろつくのは危険だ。お前の身に何かあれば、城主様が心を痛める。さあ、怪我をする前に来るんだ。……全く、どうしてオレが。オレだって忙しいっていうのに」


 そのまま愚痴り続ける蜘蛛に引っ張られそうになったその時、割って入る者が現れた。


「忙しいのなら、私が引き受けよう」


 彗だ。

 手下蜘蛛を恐れることなく近づいてくると、わたしの肩にそっと触れた。


「銀花は私の友人でもある。私が責任を持って、城主様の部屋まで送り届けるよ。君は君の仕事をすればいい」

「……そうか。なら頼もう」


 きっと彼にとっても厄介事だったのだろう。何処かホッとしたように、わたしの手を彗に託すと、そのままあっさりと何処かへ消えてしまった。

 そんな彼の背が遠ざかるのを待ってから、彗はそっとわたしに話しかけてきた。


「寂しくなるのは分かるが、彼の言う通り、不用意な行動は危険だ」

「……違うの。理由があったの」

「理由?」


 彗に訊ねられ、わたしは周囲を窺った。

 朝焼はいない。彼の部下も見ていない。その事を確認してから、わたしは先程見かけた蜻蛉たちの消えた城の裏側を指さした。


「朝焼様の部下が人目を避けるようにそっちに向かっていったの。それがちょっと気になってしまって」

「……なるほど」


 わたしの言葉を聞いて、彗はそっと指差した方向を見つめた。

 そして、少し何かを考えてから、わたしの手を握ったまま告げた。


「君の勘は無視できない。ちょっと確認してみようか」


 彗はそう言うと、わたしの手を握りしめたまま、その方向へと近づいていった。わたしもまた声を上げないよう気をつけながら、ついていく。そのまま誰にも呼び止められる事もなく、城の裏側を覗き込み、そこで先ほど見かけた数名の蜻蛉たちの姿を確認した。

 その数は三人。一人の男性が、他の二人に対して小さな声で何かを話していた。うんと耳をそばだててしばらく、ようやくその声は聞こえてきた。


「上手く事は運んだが、まだ気を抜くな」


 それは、わたし達にとって、とんでもない話だった。

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