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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
楽園から来た蜻蛉の男

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3.駆け落ちした妖精たち

 東の魔女とのやり取りが続くにあたって、様々な情報が流れてくるようになった。

 我らが城主の千夜にしろ、使者を通して伝言をよこす東の女神にしろ、最初は探り合うようなところもあったようだけれど、段々とその関係を深めてきているようであるという。

 勿論、その状況をわたしは直に見ているわけではない。噂として語ってくれるのは、相変わらず、わたしの世話をしてくれる蜘蛛の女性であった。

 別にわたしとしてはそれでいい。それよりも、今のわたしは迷の事が心配だった。


 卵はまだ産まれていない。それでも、作られてはいるのだろう。食欲はあるようだし、彼女が蜜を欲する度に、わたしの出番がやってくる。いつ呼ばれるのかが分からない以上、千夜の事は噂で聞くので十分だった。

 だが、迷の方はどうだろう。彼女もわたしと似たような状況下にいる。平時ならば彼女も同席し、共に千夜の問題に向き合っていたのかもしれない。

 けれど、今の彼女はそんな事など出来そうになかった。時折、卵が産まれそうになっては、結局生まれずに落胆する。そんな事が繰り返されるうちに、迷はどんどん元気がなくなっていった。

 体の負担というものもあるだろう。けれど、深刻なのは心の方だった。千夜の負担になりたくないという焦りのためなのだろう。気づけば彼女はいつも深刻な顔をしていた。


「城主様のためにも、早く生まなくてはいけないのに」

「焦ってはいけませんよ、迷。こればっかりはどうしようもありませんから」


 寄り添いながら必死に勇気づけてみるも、迷の表情は優れなかった。

 幸いなことに食欲はあるらしい。さらに光栄なことに、わたしの蜜は迷の心を少しは癒せているようだ。体を預け、求められるままに蜜を渡してしばらく。迷のためだけに貯めた蜜を奪われていく快感に浸っていると、不意に彼女がぽつりと話しかけてきた。


「そういえば、銀花は聞いた? 楽園の女神さまのお悩みの噂」

「えっと……確か……」


 と、快楽に溺れかけていた意識を引き上げ、わたしは記憶をたどった。これも、確か、身の回りの世話をしてくれる蜘蛛の女性の話にもあったはずだ。


「確か……お尋ね妖精がいるのでしたね」


 どうも、あまり穏やかではない話だった。楽園は安全で素晴らしい所だと聞いているのだが、それにも関わらず断りもなく脱走した者がいたらしい。それも二人。花の妖精と、蝶の妖精だというから他人事には思えない。


「どうして逃げたのでしょうね。何か悪い事をしてしまったのかしら」

「城主様から聞いた話だとね、女神さまの大切な蝶を花の妖精が盗んでしまったらしいの。横恋慕だとか、駆け落ちだとか、色々と噂されているそうだけれど、どうも、ただの恋愛関係でもないらしくて、今、楽園の使者たちが必死に捜しているそうよ」

「それっていつ頃のお話なのでしょうか」

「さあ、いつ頃だったかしら。でも、だいぶ前からのようだったけれど」


 ただの恋愛関係ではない、大切な蝶。どうも引っ掛かった。どういう関係だったのだろう。

 東の魔女──花蟷螂様。その姿は花の妖精のようであるが、その正体は花ではなく蟷螂だと聞いている。千夜と同じ肉食妖精。つまり、わたしや迷のような関係ではないだろう。しかし、その迷だって千夜に食べられることなく愛されている。心の支えだったのだろうか。では、どうして花の妖精は、そんな蝶をさらってしまったのだろう。

 色々と考えていると、不意に迷の唇が体の敏感なところに触れて、びくりと震えてしまった。悦楽に再び浸らされた状態で迷の姿を見てみれば、恐ろしいほど美しい顔がそこにあった。こんなにもわたしにとっては深い仲だというのに、けれど彼女の目的は、わたしの蜜のみにある。そこにわたしは途轍もない心細さを感じてしまった。


「……迷は、どう思います?」

「どうって?」

「その花は、どうして女神さまの蝶をさらってしまったのでしょうか?」


 すると、迷はしばし考えてから、わたしに身を寄せてきた。


「さあ、分からないわ。アタシは花ではないから。でも、蝶の気持ちなら、少しは分かるかもしれない。横恋慕とか、駆け落ちとか言われているように、つまりはそう言う事なのでしょう。自分たちの立場よりも、二人の世界を優先したくなってしまったのでしょうね」

「自分たちの世界を……」


 そこにどんな状況があったのかは、わたしには分からない。ただ、この世界のどこかで、二人は今も隠れ潜み、二人きりを楽しんでいるのかもしれない。

 と、その時、迷の手がわたしの頬に添えられた。


「駆け落ちした妖精たちは、どちらも女性だったのですって。年頃は、アタシたちと同じくらい。もしかしたら、ちょうどいま、彼女たちもこの世界のどこかで同じような事をしているかもしれないわね」


 甘い囁きに、わたしは思考を狂わされてしまった。

 こうなってしまえば、わたしは迷にとって、ただの食物となる。そういう意味では、彼女たちと、わたしたちの関係は大きく異なるだろう。でも、それでも、やっている事は恐らく同じ。そこに含まれる意味がどうであれ、女神の大切な蝶を盗んだ花と、わたしは、同じ感動に打ち震えているのだろう。


「ああ……迷……」


 蜜を求めてくる彼女の自ら抱き着きながら、わたしは一時の感動に身を浸していた。そして、少しだけ、ほんの少しだけ、駆け落ちしたというその二人に、今の自分たちの姿を重ね、その罪深さと千夜に対する後ろめたさに震えてしまった。

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