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その名は銀花  作者: ねこじゃ・じぇねこ
蜘蛛の魔女に拾われて

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13.門番蝙蝠との戦い

 蝙蝠を前に、彗はさっそく武器を構えた。わたしはといえば、その姿に圧倒されていた。

 これまでだって空を飛ぶ大小の鳥たちの、その圧倒的な姿は見慣れているつもりだったけれど、宵闇を避けていつも眠っていたわたしにとって、蝙蝠という存在はそこまで馴染みがなかったのだ。

 ましてや敵対するなんてことはあり得ない。だからだろう。すぐにどうするべきかの判断が出来なかった。

 そんなわたしを見逃してくれるはずもない。蝙蝠はわたしを睨みつけ、真っ先に飛び掛かってきた。いけない。そう思った時には、恐ろしい形相が、すぐ目の前に迫ってきていた。だが、その顔面めがけ、わたしの背後から何かが飛んできた。木の枝だ。


「銀花、こっちへ!」


 迷だった。弓を引き、隙を作ってくれたのだ。

 わたしはすぐに迷の元へと逃れた。そして、その隙に、彗が蝙蝠に飛び掛かった。自分よりもはるかに大きい蝙蝠を相手にしながら、彗は全く怯えていない。薙ぎ払われればただでは済まないだろうに、まるで、自分の身など、どうでもいいかのようだった。


「彗……無理をしないで」


 迷が呼びかけるが、彗には届かない。その目は怒りに満ちていた。

 戦う彼女を見ているうちに、彼女の心が伝わってくるような気がしてきた。西の王国は滅茶苦茶にされてしまったのだ。それからずっと、彗は悲しく、悔しい思いをしてきたことだろう。その元凶である魔女は勿論、その魔女の手先となって動き続けた蝙蝠に対する憎しみは計り知れない。

 けれど、それにしたって、無茶が過ぎた。


「彗……いったん退いて!」


 迷の声も届いている様子がない。まさかとは思うけれど、ここで我が身を犠牲にしてでも道を作りたがっているようにすら思えた。

 でも、だとしても、それではいけない。

 木の棒を片手に、わたしは走り出した。乱闘の中へと突撃し、今に彗へ噛み付こうとしている蝙蝠の頭を叩きつけた。

 さほど強い力が出たとは思わない。それでも、彗の相手をするのに夢中になっていたのだろう。蝙蝠は驚いたらしく一瞬だけ怯んだ。それは、彗にとって待ちに待った絶好の機会となったらしい。


「覚悟っ!」


 そう叫び、彗は石の短刀を蝙蝠の片目に突き立てた。直後、耳を劈くような悲鳴があがる。バサバサと翼を動かし、蝙蝠は暴れだした。相当な痛手となったのだろう。

 だが、困ったことが起きた。短刀が蝙蝠の体からすぐに抜けず、蝙蝠が暴れた勢いで、彗の体が遠くへと放り出されてしまったのだ。

 地面に振り落とされ、強い衝撃に彗が呻く。その隙を、今度は蝙蝠の方が見逃さなかった。無事な片目でキッと睨みつけると、すぐには動けない彗のもとへと飛び掛かった。


「彗!」


 わたしもまた駆け出した。彗のいる位置は、わたしからも蝙蝠からも遠い。だが、それだけに、わたしよりも蝙蝠の方が辿り着くのは速いだろう。

 遠方から迷が矢を放つ。矢は時折命中し、蝙蝠を怯ませるが、それでもわたしは追いつけそうになかった。


「彗、立って!」


 必死に呼びかけた、その時だった。

 何処からかこの場にいない者の声がし始めた。猛るようなその声は、上空から聞こえてくる。そして、ドサリと地面に何かが落ちてきた。彗と蝙蝠の間へ。その乱入を、蝙蝠も、そしてわたしも、ぽかんと見つめてしまった。

 そこにいたのは、蜘蛛の妖精。見覚えのある顔。そう、崩落した糸の城で別れたはずの、朔だった。


「ワシが相手だ」


 大きくて、丸いその目で睨む朔を前に、蝙蝠は怒りだす。敵が増えたことに怒っているのだろう。羽ばたいたかと思えば、怪しい音波を放ち始めた。

 だが、その最中、朔は蝙蝠に襲い掛かった。長い手を広げ、糸を放つ。その攻撃を蝙蝠がすぐにかわすとさらに追い打ちをかける。隙を作らせないその動きのお陰で、蝙蝠はどんどん彗から遠ざかっていった。

 朔と蝙蝠が戦っている間に、わたしは彗のもとへと向かった。手を貸すと、彗は確かに握ってきた。どうやら大事には至っていないらしい。


「すまない……私としたことが」

「いいの。それよりも──」


 彗の手を握ったまま、わたしは蝙蝠と戦う朔の姿を見つめた。ほぼ互角といったところだろうか。少なくとも、わたし達よりも対等に戦えている。ましてや、今の蝙蝠は手負いだ。決死の覚悟で彗が負わせたあの傷が、朔を有利にしている。


「……彗のお陰ね」


 そう言ったのは、いつの間にか傍まで来ていた迷だった。彼女はじっと朔たちの戦いを見つめている。


「あれならきっと負けたりはしない」


 その言葉が希望となったのだろう。彗はようやく起き上がる事が出来た。背中を支え、立ち上がるのを手伝うと、彗はじっと蝙蝠と戦う朔の姿を見つめた。


「あれは……蜘蛛様の配下か」

「うん、朔さんというの。わたし達に対して、行かない方がいいと言っていたのだけれど」


 けれど、今は、確かにあの蝙蝠と戦っている。ぶつかり合い、突き飛ばし合い、そして、朔はこちらへと跳び退いてきた。

 わたし達の傍へと着地すると、ぜえぜえと息を切らしながらも力強く身構え、そして、振り返ることなく話しかけてきた。


「ふたりとも、無事で何よりだ」

「……朔爺。来てくれたのですね」


 迷の言葉に、朔は静かに頷いた。


「他の若き蜘蛛たちはともかく、ワシとてお前たちと同じ。新しい居場所なんて何処にもない。それならば、ワシよりも力の弱いお前たちを見送っておいて、何故、何もしないでいられよう。……ここはワシに任せよ。女王蟻様の子よ、どうかそのらを導いておくれ」


 そう言って、朔は再び蝙蝠に向かっていった。

 その背中を見つめると、彗は前にわたし達にしたように、丁寧にお辞儀をしてみせた。そして、わたし達にそっと告げたのだった。


「彼の言葉に従おう。さあ、こっちへ」


 新たに見つめる先には、何者にも守られていない魔女の城が聳えていた。

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