第96話・殺虫作業完了
硝煙に覆われた室内で、悪魔が笑う。
「君たち……大陸人にしちゃ結構根性あるよ、嫌いじゃない。今から鏖殺するのが勿体無いくらいだ」
王警部たち3人は、マガジン内の残弾をとっくに撃ち尽くしていた。
通常であれば即死を与えているはずが、弾は全て錠前に届いていない。
こんなチート……、あって良いはずが無かった。
まるで物理法則もクソもない、これが地球人類唯一の“魔導士”となった男の力……!
「臆病者日本なんだろ? これで終わったら天下の中国様の面子が無いね。ほれ」
一歩前に出ると、弾が勢いを殺して地面に落ちる。
「もっと足掻けよ、もっと動けよ。お前らが散々恫喝した中国人留学生の絶望感……もっともっと味わえば良い。有望な若者が我が国で花開くチャンスを奪ったのは、大罪だよ?」
「クソ……!!」
もうただの鉄の塊となった銃を投げ捨て、部下の1人が全力の右ストレートを放った。
もしあのチート魔法が、高初速兵器にのみ有効なら––––
「おぉおおッ!!!」
パンチは通る!
傲慢極まるこの男を、一発でノックアウトしてやろうと拳を振って、
––––ビタッ––––!!
「…………ッ!!!」
銃弾よりも遥かに速度が遅いにもかかわらず、彼のパンチは途中の空間で止められた。
引こうとしても、岩に手を突っ込んだように動かない。
「近接戦か、テオドールくんだったら一応有効だろうが……」
「うっ、おぉ……!」
パンチを放った部下が、徐々に拳を押し返される。
「残念ながら、僕は彼女の数段上を行っている。自分に向かってくる脅威は問答無用でガード可能だ」
骨の砕ける音が響いた。
錠前の放った強烈な裏拳は、部下の首を180度反転させたのだ。
即死である、部屋の隅まで転がった男が……白目を剥いて死に絶えた。
「ッ……!! うおおおおおぉおお!!!」
王警部は、傍にあった鉄パイプを握った。
最後の部下も同じく、ナイフを持って襲い掛かる。
しかし、それら攻撃はことごとくバリアによって防がれた。
完全に遊ばれている。
こいつは、ただ殺しに来たんじゃない……!
今まで中国が働いて来た嫌がらせを、とことんまで倍増して返しに来ているのだ。
ならばこちらが取るべき手段は––––
「ずあぁあッ!!!」
全力で鉄パイプを投げつける。
もちろんそれが錠前に届くことは無いが、それは本命じゃない。
「食らえッ!」
派出所に設置されていた消火器を手に取り、迷わず噴射した。
「おっ、そう来たか」
狭い派出所内が、真っ白な消火剤で満たされる。
無言の合図で、部下が出口へ全力疾走した。
この場で勝機が無くとも、生き残って本国に報せることが最善策。
王は、玄関に部下が辿り着いたと思い––––自分も窓から飛び降りようとする。
––––バスンッ––––!!
轟いたのは銃声。
玄関を開けた部下が、サイレンサー付き対物狙撃銃によって撃ち抜かれたのだ。
本能で、すぐに窓から離れる。
もうこの建物は、完全包囲されていると悟ったのだ。
「良い判断だったけど……、僕がその程度を予測してないとでも? 全く……舐められたもんだ」
消火剤の中から、狂人はゆっくり出て来た。
後ろでは、玄関を塞ぐように部下が倒れている。
追い詰められた状況で、王警部はヤケクソ気味に言い放った。
「この蛮族め!! 貴様ら日本人は中国が文化を教えなければ発展できなかった猿共だ! 戦闘しか脳の無い侵略国家め!! お前たちは元来が殺人民族なんだよ!!」
バリアを越えて届いた言葉に、錠前は溢れる感情を抑えきれなかった。
思わず口を押さえ、声を漏らす。
「くっ…………っはっはっはっは!! 野蛮な戦闘民族? 今さら何を言ってるんだ? こっちは数百年戦いの歴史ばかりな戦闘民族だぞ! 一体何人殺して来たと思ってる? 1000年ほど言うのが遅いぞ」
雑な煽りなど、錠前を興奮させる燃料にしかならない。
とうとう追い詰められた警部が、叫び声と共に持っていた消火器をぶん投げる。
だが、当然錠前には届かず空中で停止した。
煽りには、煽りで返すのがマナー。
錠前は楽しそうに両腕を広げた。
「どうした自称世界の中心! もっとカッコつけてみろよ! 一帯一路会議の時みたいにさぁ!!」
「うおおおぉぉ!!」
諦めず、警部は長年鍛えて来たフィジカルで殴り掛かる。
しかし––––
「がぁっ!?」
こと体術において、錠前を上回る人間は少なくともアジアにいない。
息もつかせぬ怒涛のラッシュで、王を殴り飛ばした。
錠前の一撃は、他のレンジャー自衛官の数十発に匹敵する。
圧倒的なコンボを食らい、戦意をボッキリ折られた。
血だらけの警部が、壁にもたれながら呟く。
「狂人め……っ、そんなに俺たちが憎いか?」
「逆に聞くけど、国内にこんな派出所構える国を好きになれると思う?」
「ッ……」
「自分が世界の中心と思い込む中華思想は結構だけど、人に迷惑かけちゃダメでしょ。せっかくだし––––教えてやるよ」
胸ぐらを掴んだ錠前が、ここに来て初めて拳銃を抜く。
得物の名は、『S&W M500』。
歴史上最強の名を持つ、熊をも殺せる巨大マグナム拳銃だった。
それを突き付け、額に押し付ける。
「中国とロシアには、世界のグレートゲームから退場してもらう。まぁ簡単に言うなら“破滅”だ。それが僕の最終目標ってとこかな」
「このイカれた、……戦争狂め……!!!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
バカみたいに大きな銃声が鳴った。
50口径(12.7ミリ)という、拳銃としては規格外の弾丸が王警部の顔面を消し飛ばした。
静かになった派出所を出ながら、錠前は持っていたリボルバーをしまう。
「キャスターからカタストロフィーへ、初めての魔法はどうでした?」
「正直微妙だな。制限時間はシビアで、飲み込むための魔力球を1個作るにも相当な量の結晶がいる。存外––––ピーキーだね」
「では、もう大丈夫ですかね? 貴方が安全圏に出たらいつでもボタン押しますよ。っというかもう押せます」
「あぁ、綺麗に仕上げてくれ」
「ハッハッハ!」
錠前が50メートル離れたところで、キャスターがスイッチを2回押した。
「……ふむ」
綿密な計算の下に仕掛けられた爆薬は、周囲のビルに一切損害を与えずに––––中国人民警察海外派出所を派手に吹っ飛ばした。
燃え上がる爆煙に感動しつつも、錠前はその場を離れる。
「カタストロフィーより全部隊へ、作戦終了。火曜日のゴミ出し作業はこれでは終わりだ、ホントにご苦労––––次の任務に備えておけ」
遠くから聞こえてくる消防車の音を背に、現代最強の自衛官はある場所へ向かう。
結界外でのこの爆発は、翌日––––ガス爆発事故として報じられた。
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