第93話・結界内––––最後の敵
「サバンナの王者は誰だと思う? 朴軍曹」
––––結界内。
東京都庁、第一本庁舎前広場。
そこらの学校のグラウンドより広いここは、都庁の足元を彩る広場だ。
一見平和そうに見えるが、今この場所は立ち入る者全てを殺すキルゾーンになっていた。
「サバンナの王者ですか……、ライオン?」
「違うな軍曹、ライオンはただの看板だよ。よく目立つだけの弱小生物……米帝みたいなもんだ」
『AKS-74U』アサルトライフルを抱えた李 中尉が部下に語る。
彼らの部隊名は、第172工作大隊。
所属国は––––“北朝鮮”だ。
「サバンナの真の頂点はハイエナだ、ライオンはメスに狩りを押し付ける雑魚に過ぎない。米帝と同じで––––決して王者なんかじゃないぞ」
「でもハイエナって、強者が食べ終わった死骸を漁るイメージですが……」
「わかってないな、自然界では生き残ることこそ最重要。その点において、ハイエナはライオンを上回っている」
銃のコッキングレバーを引き、初弾を装填しながら李中尉は答えた。
「俺たちの部隊はまさにハイエナだ、中国とロシアが激しく消耗したところを……一番美味しく頂くんだからな」
そう、彼ら北朝鮮部隊はずっとここで待機を続けていた。
中国が錠前に蹂躙されても、ロシアが透たちに敗北し––––救援の無線を入れてきても無視。
虎視眈々と異世界人を狙う彼らだが、中露と決定的に違う部分があった。
「異世界人を拉致して自国をPRしてもらうのは結構だが、それは俺たちに関係ない……侵略者日帝がこれ以上つけあがるのを我々は阻止するだけだ」
彼らに与えられた任務は拉致ではない。
テオドールの“暗殺”だった。
「我らが偉大なる総書記は、ダンジョンなどという異物を認めていない。総書記が認めていないならば、それが我々––––朝鮮民主主義人民共和国の総意志だ」
一見して、彼らがどこに隠れているかを見つけるのは至難の技だった。
日本という国での活動に最も慣れているのは、中国でもロシアでもない。
戦後あらゆる害を日本に被って来たこの国こそ、皮肉にも最も日本慣れしていたのだ。
「米帝の腰巾着に過ぎない日帝が、ダンジョンの影響で理不尽に強くなる……? 不愉快じゃないか。我々は毎日仮想通貨を世界から盗んで生計を立てているのに」
「国家予算の大半はミサイル開発に注がれてますがね、自分は日本勤務で良かったですよ……少なくともこの国じゃ飯には困らない」
「だから一層腹立たしいんだ、なぜこんな弱小島国民族が豊かで……、偉大なる白頭山の希望の星たる将軍様率いる我々が、貧相な生活を送らねばならない」
北朝鮮のGDP(国内総生産)、いわゆる国の経済規模を指し示す数値は––––なんと“鳥取県1つと同等”。
誇張でもなんでもなく、本当に鳥取県規模でしか経済規模が無いのだ。
日本にとっては地方の1県に過ぎないが、北朝鮮にとってはこれが全て。
それが何を意味するか……。
経済規模に見合わない軍事力を欲しがる北朝鮮は、国家のあらゆるリソースを弾道ミサイルに費やした。
結果として2000万人いる国民は、半数以上が栄養失調状態。
文明レベルは、日本と比べて1世紀以上開けている地域もある。
首都である平壌は大都会に見えるが、実態はほとんどがハリボテのビルに過ぎない。
最近ようやく、日本の地方都市によくあるような豪華マンションを1つ建てたが、これだけでお祭り騒ぎである。
たった1つのマンションの完成を“国家の底力だ!!”と国営メディアが誇らしく宣伝し。
国のトップたる総書記自らも式に参列、このマンションがいかに偉大であるかをアピールした。
日本人からして見れば、たかがマンション1つでここまで喜べる理由が本当にわからない。
ダンジョンの恩恵もあって、現在は日本全国で北朝鮮を遥かに上回るレベルのビルが文字通り建設ラッシュ状態。
マンションの式に、国家のトップが出向くなど普通あり得ないのだ。
故に、北朝鮮は潜入するたびに日本の豊かさが羨ましくてしょうがなかった。
これだけの規模を自分の国が誇れたなら、きっと世界での存在感も段違いだろう。
日本はその気になれば核弾道ミサイルを作る技術もあるので、もし日本が全部北朝鮮だったらと夢見る者も少なくない。
「今回日本人を殺すのは目的ではないが、異世界人はなんとしても殺害する。そうすれば調子に乗る日帝の鼻っ柱を折れるだろう」
「この作戦……、ただの総書記の嫉妬のような……」
「軍曹、黙っててやるから二度と口にするなよ。バレれば銃殺刑だ」
「はっ!!!」
北朝鮮から脱北者が減らないわけである。
警戒態勢を敷いていた北朝鮮部隊だが、広場の入り口に影が見えたのを逃さなかった。
「来たぞ」
計画では、ロシア部隊にレストランを追い出された自衛隊が、ここまで逃げてくるだろうと思って陣取った。
だが、目に映ったのは––––
「なんだと……?」
無防備な体操服に身を包んだ、異世界人の少女。
テオドールただ1人だった。
罠かと思ったが、にしてはずいぶん不合理である。
威嚇射撃を足元に撃ち込み、部隊員30人が銃口を向けながら偽装を解いて近づく。
テオドールは、いたって冷静だった。
「あなた方が、透の言っていた北朝鮮という国の人ですか?」
「違うな、我々は朝鮮民主主義人民共和国の部隊だ。侵略者日帝の呼称など知らん」
「透が言っていました、結界内の最後の敵はここにいると……わたしを拉致したいのですか?」
「中露ならそうしただろうが、我々は違う」
扇状に囲んだ状態で、李中尉たちは銃のトリガーを引いた。
「お前にはここで死んでもらう」
けたたましい銃声が響いた。
高速ライフル弾が、幼い少女目掛けて飛翔する。
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