第92話・テオドールの選択
今回はいつもより1000文字多めでお届けします!
新宿編も、いよいよラストスパートです。
––––新宿のあちこちで戦いの決着が付いていく。
完全装備を誇った中国工作員部隊は、狂人––––錠前1佐率いる特殊作戦群によって完膚なきまでに敗北し全滅。
ロシア人部隊もまた、第1特務小隊を相手に敗走してから、米軍によってトドメを刺された。
いよいよ結界の効力が残り40分を切った時、レストランで倒した敵の装備を漁っていた透がつぶやく。
「なぁテオ、少し腹立たないか?」
「ほえ……?」
振り向いた透の問いに、執行者テオドールは間抜けな声を出した。
正直、眼前の自衛官の言葉が理解できなかったのだ。
「腹が立つ……と言いますと?」
「せっかく観光しに来たのに、自分勝手な都合でテオは今拉致されようとしている。こんな銃火器持ってさ……俺が同じ立場だったら––––多分めっちゃムカついてるよ」
確かに、今回勃発した戦いは全て自分を攫うために行われたもの。
透たち自衛隊が守ってくれたとはいえ、テオドールはずっとテーブルの下で隠れていた。
無力感がなかったと言えば、それは嘘になる。
言葉を詰まらせた彼女に、VSSのマガジンを拾いながら坂本が声を掛けた。
「僕も同意見かな、こんな奴らに狙われたらさすがにキレてる。よく我慢してると思うよ……君まだ小さいのに」
彼に続いて、久里浜も笑った。
「テオドールちゃんだっけ、あなたとはラビリンス・タワーで戦ったけど、すっごく強かったわ。わたし的にはその実力……もう一回見たいかも」
目を丸くしていくテオドールに、四条が微笑む。
「今日1日……東京を一緒に巡ってみて、よくわかりました。貴女はすごく純粋で……悪意が無い子だなと」
静かなレストランで、立ち尽くす執行者は……思わず声を出した。
「……皆さん、わたしが敵だということを忘れてませんか? わたしは執行者にしてダンジョンの管理者なのですよ? なんでそんなアッサリ仲間みたいに––––」
言おうとして、口が止まる。
彼女の脳内に、今日過ごして来た思い出がドッと溢れたのだ。
見たことない大都市、食べたことのない美食、初体験のシャンプー。
どれも、まだ自分は“敵”と言おうとして……直前で舌を止めてくる。
言いたいのに、言えない……!
挙句には、透がカバンから取り出したある物で顔色を一気に変えさせられる。
「それは……、鍵?」
「あぁ、今テオを縛ってる手錠の鍵だ」
「なぜ……、あなたがそれを?」
「錠前1佐から預かったんだ、俺が良いと思った時––––お前を縛る最後の鎖を外せってな」
テオドールは今、右手首の手錠によって魔力を封じられている。
理由は単純、自由になれば魔法を使われるからだ。
それを透は、なんと解錠しようとしていた。
「まだ結界内には、最後に残った敵がいる……また俺たちが相手してもいいんだけど––––」
ニッと、透は破顔した。
「それじゃあ真の解決にはならないと思う、俺たちが常にお前を守れるわけじゃないしな。だから……テオにここで選んで欲しい」
瓦礫だらけの床に膝をついて、透はテオドールと目線を合わせた。
鍵を近づけ、手錠の穴に差し込む。
「ここで俺たちと別れて、再びダンジョンの執行者として敵になるか……」
ゆっくりと、鍵が回されていく。
「俺たちと一緒に、日本人としての道を歩むか……」
与えられた回答の時間は、物理的時間にして数秒ほど。
しかし、テオドールにとっては数時間以上の葛藤に等しい。
自分には姉がいる、主人であるダンジョンマスターもいる。
帰ることが、再び透たちと敵になることが、ここで選ぶべき彼女の最適解だった。
刹那に過ぎない那由多の時を経て、テオドールは決断する。
“己が選ぶ最適解”を––––
––––ガチャンッ––––!
手錠が開けられ、床に落ちる。
まるでせき止められていた川のように、彼女の体内へ大量の魔力が溢れ出た。
後は簡単である。
転移魔法を唱え、ダンジョンに帰るのだ。
次に会う時は、今度こそ殺し合う関係として––––
「ッ……いっ」
念じれば、そこはもうダンジョン。
テオドールにとって、悩む必要すらない選択肢。
そのはずだった。
「…………ないっ、です!」
人生で最も簡単な択は、激情でもって塗りつぶされる。
「でき……ない、ですッ! 透と別れてもう一回殺し合うなんて……! そんなの嫌です!! せっかく一緒にご飯食べて、綺麗にしてもらって、こんなに守ってもらったのに!!」
涙目で叫ぶテオドールを、透は優しく抱擁した。
グッと力を込めて、抱き寄せる。
花のような良い香りが、彼の鼻をくすぐった。
「俺も。お前とはもう戦いたくない、これから動画を見るリスナーさん達も……きっと同じ気持ちだ」
テオドールは、転移魔法を発動しなかった。
それは、彼女が完全に日本の側に立ったことを意味している。
その選択を尊重した透は、ある提案を繰り出す。
互いに目を合わせ、見つめ合った。
「多分……近いうちお前に掛かった加護は消え去る。裏切り者のテオを、主人であるダンジョンマスターが許すとは思えないからな」
そうなれば、彼女は執行者としての力を失うだろう。
魔法はおろか、コミュニュケーションすらままならなくなる。
だが、唯一回避できる案を透は錠前から聞いていた。
「なんか……、漫画の台詞みたいで恥ずかしいし。道徳上どうかと思うんだが……」
「なん、です……?」
金色の瞳を持つ少女へ、その柔らかい銀髪を撫でながら透は口開いた。
「“俺の眷属になってくれ”、テオ。お前にあんな酷い生活させるようなヤツじゃなくて、俺がテオの新しいマスターになるよ」
「とっ、透が……わたしのマスターに?」
「魔力が残っている内に契約を結ぶ、そうすればお前の加護は俺が引き継げる……はずだ」
「はずって、そんな自信無さそうに言われても……」
溢れ出たのは––––喜び。
自分でも気づかない内に、テオドールは笑みをこぼしていた。
こんなこと初めてだった……、この人になら自分の全部を預けて良いと思わされる。
信じて良いと、そう感じられる。
テオドールは涙笑いを浮かべつつも、最大級の笑顔を“新しいマスター”に向けた。
「はい、わたしは––––透の眷属になりますっ」
儀式が済まされ、新たな契約が交わされた。
ちなみに、この際––––儀式を見ていた小隊員たちは顔を真っ赤にしていた。
これ自体は10秒にも満たなかったが、それぞれが感想を呟く。
久里浜は、
「わたしも……将来、信頼できる人にこれされたい」
四条は、
「素晴らしく感動的な場面ですが、ここだけカットしておきましょう」
坂本は、
「…………」
ノーコメント。
2人は互いに口元を拭い、手を繋ぐ。
透とテオドールの、新たな関係が始まったのだ。
最後に向かう先は––––新宿で一番デカい建物。
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