第89話・ベルセリオンの自信
「––––ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」
ダンジョン運営の重要拠点である『アカシック・キャッスル』で、執行者ベルセリオンは大汗をかきながら通路を歩いていた。
理由は、これまでなら全く問題の無かった事象のせい。
「まさか“アノマリー”がこんなに早く目覚めるなんて……、不味い。自衛隊程度なら天才のわたしで十分だけど、ここに怪物まで加わったらさすがにキツイ……!」
そう、九州沖で姿を眩ませたアノマリーこと、『リヴァイアサン』の存在にようやく気づいたのだ。
通常ではあり得ない出力の魔力は、ダンジョンマスターの能力でなんとか感知。
本来なら世界移動で逃げるところなのだが––––
「日本人をまだ1人も殺せてないから、ダンジョンのエネルギーが足りない……! これじゃ逃げられないじゃないの!!」
今までだったら、大体2年くらいで世界間移動を可能にするだけの捕食ができた。
信仰力の低い文明が、財宝目当てに入ってきては餌食になっていたからだ。
弱っちい人間がいくらギルドを組もうとも、ダンジョンの難易度は剣や魔法でクリアできる設定ではない。
だが、この世界は明らかに今までと違う。
魔力も満足に使えない人間が、科学という神秘と対極の力を持って挑んでくる。
それがバカみたいに強いのだ。
こちらだけ損害を一方的に被っている状態で、先日の定時報告––––ベルセリオンはマスターにこう言った。
「無能なテオドールではやはり止められませんでしたが、天才のわたしにお任せください! テオドールや“エクシリア”よりも良い報告を必ずお持ち致します!」
大口を叩いて、啖呵まで切ってしまった。
もうここまで来た以上、引き返すことなどできない。
定時報告で執行者エクシリアの姿が見えなかったのが気がかりだが、今はそんなのどうでも良い。
「リヴァイアサンはこのダンジョンを遅かれ早かれ襲う、けど逃げる力が無い……どうすれば」
必死に無い頭で考えるベルセリオン。
だが、自称天才の彼女はハッと閃く。
あまりに良く出来た案に、自らの蒼髪をサッと払った。
「そうだわ、アノマリーに日本人を襲ってもらえば良いのよ! もし上手く行けば双方が壊滅か悪くても弱体化……わたし達は有利に立てる!」
我ながら素晴らしい案だった。
無能な妹では、決して辿り着けなかっただろうと思いニヤニヤする。
そうと決まれば、やることは1つ。
すっかり軽くなった足取りで、ベルセリオンは城外の大広場を見下ろせるバルコニーに出た。
「聞け!! 勇猛なる戦士たちよ!!」
ベルセリオンの声に、集っていた大量の“エルフ族”が耳を傾ける。
雪が舞い散る中、執行者は演説を続けた。
「もうすぐ……数日以内に我々が優位に立つ時が来る! その時こそ諸君の力が頼りになるわ!」
自信に満ちた声は、城中に響き渡った。
湧き上がる歓声は、様々だ。
「ようやく出番かよ、前の世界は弱すぎて歯応え無かったからな」
「天才のベルセリオン様が言うなら間違いないわ、ダンジョンマスターに栄光あれ!!」
「日本人か、せいぜい楽しませてくれよ」
期待通りの反応に、ベルセリオンは満足した。
わざわざこんな場を設けたのは、実際のところ––––彼女が気持ちよくなりたかっただけである。
根拠は無かったが、アノマリーに日本人が勝てるわけがない。
今からボコボコにされる連中は不運だなと思うと同時、雑魚雑魚な妹のテオドールに対し優越感を見出す。
「さぁ諸君! アカシック・キャッスル防衛隊5000人の活躍を期待している! 安心しなさい––––あなた達の背後には、わたしがついているから!!」
とびっきりのドヤ顔を晒しながら、ベルセリオンは圧倒的な机上の空論。
こうあって欲しいという願望、希望的観測にすがって生きていく。
さぁ日本人、あの恐ろしいアノマリーの強さを知れ。
そうすれば必ずダンジョンから出ていくはず!
全ては計算通り、完璧であった。
今日の夕飯は、塩漬け保管していた乾燥肉を頂くとしよう。
最高のご馳走だ。
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