第86話・10分間の鏖殺
「少尉を助けるぞ!! どこにいるかは不明だが––––通信の内容的におそらくこのビルだろう!!」
テオドール捕獲の任に就いていた陳軍曹は、率いていた部下と共に魔の廃ビル内を走っていた。
最初こそ透たちのいるレストランに向かおうとした彼らだが、錠前の配置したセイバーとキャスターによる妨害を受けてあえなく撤退。
半ば誘われる形で、この建物に入り込んでしまった。
「そうは言っても軍曹、敵の規模も装備も不明です! 既に8人狙撃で殺されている現状……とてもそんな余裕……」
「言い訳は聞きたくない! 少尉と10年掛けて準備して来た機会を無駄にする気か?」
「ですが! せいぜい警官や警察の対テロ部隊が仮想敵だったはず。こんなヤバい連中––––相手にする予定なんかなかった!」
戦場では恐怖に呑まれた者から死んでいく。
泣き言をぼやいていた若い工作員が、クリアリングしようと扉を開いた瞬間––––
「えっ……」
室内に置かれていたクレイモア地雷が作動し、彼を吹っ飛ばした。
数百個のボールベアリング弾が、身体を引き裂きグチャグチャにする。
「クソッ! トラップだらけだ! 他の階の仲間もドンドンやられているぞ。まさか誘導……上の階へ行くように仕掛けられている?」
「戻りましょう軍曹!! やっぱりこのビルはヤバいです! 俺たちは殺しに来たんであって殺されに来たんじゃない!!」
制止を聞かずに来た道を走って戻った工作員だが、曲がり角を曲がったと同時に血飛沫をあげた。
「はっ…………?」
動かぬ肉の塊となって倒れ込む部下。
そこから、声だけが聞こえて来た。
「”殺されに来たわけじゃない“……か、面白いよ君たち。脳みそが極限まで腐ってるのか腐敗臭がプンプンするね」
「……貴様だな、少尉はどこだ!! 今すぐ答えろ!!」
顔を出せないよう、セミオートで容赦なく撃ち込む。
それでも、角の奥で怯んだ様子すら感じられない。
「あぁ……あのオバさんか、あの人なら下の階で原稿用紙2枚分の自白を用意してるよ」
「くだらんハッタリだ! 戦場でそんな態度を取るほど余裕はあるまい!! 大人しく慌てたらどうだ、数はこっちがずっと上なんだぞ!」
「ハッタリかぁ、そう思い込む脳みそは実におめでたいことで。君らが本当に強いなら……少しはリアクションしてあげても良かったんだけどさぁ」
下げていた銃を掴んだ錠前は、口角を吊り上げた。
そして、苦笑と嘲笑を織り交ぜた声で軽く呟く。
「“弱いもん”、君たち」
「ッ!!!」
虚を突かれたほんのナノ秒レベルで、照準がブレるのを錠前は見逃さなかった。
勢いよく飛び出し、左右に揺れながら『M7』アサルトライフルをセミオートで連射。
軍曹の周囲にいた部下たちが、防弾プレート越しに次々射殺されていく。
「貴様ァッ!!」
セレクターをフルオートに切り替えて、眼前の狂人へ乱射した。
少なくとも8発が胴体に命中し、軍曹は勝ちを確信する。
空になったマガジンをリリースしたところで、気がついた。
撃たれたはずなのに、敵は微動だにしていない。
それどころか、笑顔を見せて来た。
「冥土の土産に教えてあげるよ、僕が着てるのは君たちが着用してる防弾プレートの2世代先を行ってる。……そうだね」
見えないレベルの高速でリロードした錠前が、照準器に伍長を据える。
「あと10発くらい撃ち込めば貫通するんじゃない?」
「クッソがアアアァァア!!!!」
こいつは全てを理解していたのだ。
敢えて全身をさらけ出したのは、プレートに守られた胴体を撃たせるため。
こっちの正確な射撃技術、残弾数、それらを知り尽くした上での行動。
弾が入っていない銃を捨て、ナイフで襲い掛かるも––––
「自棄は禁物、それ……解放軍じゃ習わなかったの?」
サプレッサーのこもった銃声が響く。
心臓と肝臓を撃ち抜かれ、軍曹は勢いをつけたまま床に倒れた。
死亡確認を行い、錠前は無線を奪い取った。
そのままゆっくりと、機械を耳元に近づける。
《7階で再集結だ! 少尉を救出し、異世界人をなんとしても連れ去るぞ!!》
《了解した、クソッタレの日本人め!! 絶対に皆殺しにしてやる!》
《そうだ、まだ負けていない!! 俺たちの10年を無駄にするな!!》
流れる中国語の無線。
最後の最後まで諦めない。
ネバーギブアップの精神に、錠前は感動しながらポケットのリモコンを取り出す。
「100円のレンタル映画くらいは泣けたかな」
そして、あるだけのボタンを全押しした。
キャスターが事前に仕掛けていた7階の爆弾が全て起爆され、威勢の良かった無線も一瞬でノイズに満たされる。
7階建が、6階建になった。
ビルが揺れて埃が舞い落ちる中、錠前は自身の無線機を繋げた。
「こちらカタストロフィー、1名を除いて目標を全て殺害。今から対象に尋問を行う、まっ……どうせ何も言わないだろうけど」
文字通り墓標と化したビルで、錠前は他の隊員に警戒を言い渡す。
彼が掃討に掛けた時間は、1秒のズレもなく……宣言した10分ピッタリだった。
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