第82話・消毒の時間
「わからない、この空……人もみんな消えて非常に不気味ですね。王警部は無事でしょうか」
新宿駅から少し離れた大通りに、大型バンを降りた集団が立っていた。
それぞれがクラスⅣ防弾プレートキャリアを着ており、手には『95式』アサルトライフルが握られている。
「ひとまず、状況把握を第一とします。クアッドドローンを展開しましょう」
中国人工作員50人を従えた張少尉は、部下に偵察を命じた。
今ここにいるのは、その内の30名である。
男が車内からドローンを取り出し、全員が周囲を警戒する中で空に飛ばす。
「なんだこりゃ……、人が全然いない。本当に東京か? ここ」
人智を超えた状況に、さしものスパイ部隊もたじろぐ。
そういえば北京の大学で、日本から売られていたダンジョンの結晶を分析していた。
ただの石ころかと思いきや、未知のエネルギーを貯えていることが判明。
目下活用方法はわかっていないが、もし日本が既に使い方を知っていれば––––
「コールサイン11は引き続きドローンで偵察、他の者は警戒に当たれ!」
少尉の指示は保守的だったが、現状では最適解。
無駄な犠牲を出さず、日本人を狩るための下準備をしなければならない。
不本意だが、ここは敵の首都––––地の利は向こうにある。
「ったく意味わかんねぇ、俺はせっかく日本人を殺せると聞いてワクワクしてたのに。なんだよこの状況」
「21、私語は慎め」
「いやいや少尉だって気に入らないでしょう!? 没落するはずだった後進国日本が、いきなり現れたダンジョンのおかげで成長とか……マジでそういうの萎えるんだよなぁ」
「確かに気に入らないが、それが現実だ……だから異世界人の招待で中国の存在感を再びアピールするのよ」
「それが嫌なんですよ! 俺たち中国人はこの10年で先進国に成り上がった! 己の実力でだ! 安全保障をアメリカに任せて、経済に投資した挙句に破産寸前だった日本とは違う!」
異質な状況下で興奮する彼は、最近日本に派遣されたばかりの若者だった。
22年度以降––––政府の政策により、中国の若者は右傾化が激しくなっている。
彼もまた、中華思想を掲げる人間の1人だった。
「世界第2位の軍事力と経済力を持つ我が国なら、日本人に全てにおいて上回っています! だからこんな状況、すぐにひっくり返して––––」
恐怖を興奮で紛らわせる彼のかたわら。
車内でドローン用VRゴーグルを付けた工作員が、上空で何かを見つける。
「なんだ……、アレ。ビルとビルの間に線があるような……? ここからじゃよく見えないな、空が蒼くて画面が見にく––––」
それが彼の遺した、最後の言葉だった。
突然車内に警報が鳴り渡る。
これは、ドローンの電波を探知された時に鳴るもの。
つまり、
「はっ……?」
ビルから発射された110ミリ個人携行対戦車弾––––通称“パンツァーファウスト3”が、ドローン指揮車を吹っ飛ばした。
道路上で爆発が発生し、熱波が少尉たちを襲った。
中にいた4名は即死、隣接していたバンから大慌てで工作員が出てくる。
ドローンで探知できなかったところを見るに、屋内からの射撃だろう。
こちらの電波を逆探知して、指揮車の位置を暴いたのだ。
「制圧射撃!! 敵は1時方向のビルだ!!」
95式アサルトライフルが一斉に火を吹く。
銃弾が窓や壁を突き破るも、手応えは一切ない。
「仕掛けて来やがったな日本人!! 来い臆病者!! 俺がぶっ殺してやる!!」
「21! ビルの影に来い!! 的になるぞ!!」
「大丈夫ですよ少尉! この弾幕で敵は迂闊に反撃なんてできない! それに俺はレベルⅣのアーマーを着ていて––––」
フルオートで撃っていた、21と呼ばれる中国人の胴体に風穴が開く。
ケブラー防弾プレートをアッサリ貫いて、6.8ミリ弾が地面にめり込む。
「着て……、いて……っ?」
傷穴から血を吹き出して倒れる。
中国自慢の防具は、彼の命を全く守れなかった。
「全員––––攻撃中止!! ただちに遮蔽物へ隠れろ!!」
少尉の指示で、後方のビルへ逃げようとするが……。
「ごはっ!?」
「ガァッ!!?」
背を向けた人間から、頭部を次々に消滅させられる。
12.7ミリクラスの、対物ライフルによる狙撃だった。
しかも一撃必殺、サイレンサー付きなのか方位しかわからない。
まるで、死神に魅入られたようにドンドン殺されていく。
そして、最も少尉たちを困惑させたのは––––
「1発目は10時の方角のビルだったのに、同じ銃声の2発目はその遥か対岸のビル? 敵がそれだけいたとして、なぜドローンで探知できなかった?」
瞬く間に移り変わる火点に惑わされ、中国人部隊は壊乱状態に陥った。
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