第74話・超人であり狂人
ちょっと昔なら、悪役として描かれたであろうキャラがもし味方だったら……っという逆張りの具現化が錠前です。
「中国とロシアの粉砕……、俺が言うのもなんですけど。正気ですか?」
部下からの本気の困惑。
それでもケタケタと笑いながら、錠前は何の気無しに言い放った。
「佐官になるにあたって受けた精神鑑定は、一応問題無かったよ。まぁ……」
小馬鹿にするように、錠前はほくそ笑む。
「あんな子供騙しのテストで、人間の本質が測れるかはぶっちゃけ知らないけどさ」
自衛隊は本来、こう言った過激思想を持つことを好まれない。
なぜなら国の防衛機構たる組織が、こんな狂信に陥っては機能不全を起こす可能性があるからだ。
透は唾を飲み込み、狂気を滲ませた上官へ聞く。
「1佐は……、現状の日本に強い不満があるように見えますね」
「正解♪、やっぱ新海ってその辺り鋭いよね〜。例の“直感”ってやつ?」
「まぁはい、そんなところです」
困惑気味に答えた透と違い、錠前は淀みなく言い返した。
「新海……、君は自分の家を泥棒とシェアしたい?」
「何ですかいきなり、しませんよ。それくらい常識だと思いますが」
「じゃあその泥棒が凶器を持ち、さらに敵意を抱きつつも……屋根裏部屋に隠れていると知ったらどうする?」
「そんなの……」
言いかけて止める。
これは誘導だ、素直に答えれば痛い目を見るのは自分。
そう––––正解は別にある。
「警察に通報する……って言いたいところですが、1佐の質問には隠れた前提がありますよね?」
「ほい、言ってみ?」
「その警察が“機能不全”を起こしており、なおかつ武装していない……さらには調停能力も無い。つまり正解は通報じゃなく––––」
目の前の上官へ、透は直感で得た答えを教える。
「いかにして追い出すか……ですね?」
満足そうに頷く錠前。
今の質問は暗喩を強く含んでいた。
例えるなら家は日本、泥棒は敵国。
そして警察は国連だ。
錠前はこの質問から、己の考えを透に伝えたかったと言って良い。
「我が国日本はその腹の内に……数えるのも億劫になるほどの外敵を招き入れ、挙句放置している」
1佐は毒を飲んだように、重く続けた。
「それは罪なことだ、泥棒を家に招き入れるが如き愚行……。日本は現在まで中露や北朝鮮に蹂躙されてきたと言える、わかるかい? 新海」
右手を開き、グッと握り締める。
「国民が不法に拉致されても……我々は何もできなかった、国際法違反の挑発に遺憾としか言えず。ただ忍耐を美徳として隣国をつけあがらせる……この代償、正直重すぎるよね?」
「確かに北朝鮮の拉致も、中国の挑発も……ロシアの不法占拠も個人的に思うところはありますが……」
これは結論ありきの規定路線。
ならば透が聞くべきは、錠前の誘導に従った質問であるべきだ。
「法の支配、国連の下での秩序がそれを許していません」
「自衛官としての回答なら100点だ。しかし……考えてみてよ」
窓の奥の夕陽が沈んでいく……。
「国連が今まで役に立ったことがあるかい? 世界の紛争・戦争を阻止できたか?」
「まぁ……無いですね」
「そうだ、無いんだよ。全く面白いよね〜……戦争当事国が停戦決議を拒否できるんだから。ウクライナ戦争でそれがよくわかったよ」
部屋のライトが、錠前の顔を照らす。
「日本は国連などアテにできない、自らの手で大陸の連中を追い出す時期が来たと言える」
透の脳裏に、この2ヶ月間の記憶が蘇る。
極大にまで増えた日本の国力、さらに世界の大多数が味方というこの状況。
今まで外敵から無力だった日本という国に、この男は––––
「己が剣となり、異世界人をエサとして––––都内のスパイを一掃するおつもりですね?」
「また正解だ、既に習志野で“特殊作戦群”をスタンバイさせている。新海には、この際だから教えておこう」
狂気を秘める瞳は、ドス黒く染まっていた。
「“私”は持てる全ての力で大陸人のスパイを都内から駆逐する、中国の海外派出所なんざ聞くだけで吐き気がする。警察が放置するなら––––こっちで全て燃やすまでだ」
「錠前1佐……、貴方は一昔前ならクーデターを起こして、人型ロボットを持った警察に討滅されるパターンの人間ですね」
「僕もそう思うよ。アレは2が一番面白かった……つい敵のキャラに感情移入してしまったが」
「そうですね、1佐は自衛隊に向いてないと思います。俺が言うのもなんですが……」
「大丈夫––––これまでの人生で散々言われたよ。同期や先輩、教育隊の班長にも揃って言われた……『お前は自衛官には不適格』だと」
だがこの方は成り上がった。
超人として能力を発揮し、年齢と見合わない異例の権力を国家から与えられた。
何を隠そう、日本という国が……他でもないこの男を求めた結果だ。
超人の狂人ですら武器として飼い慣らす––––自衛隊はそれを選んだ。
サイコロをポケットに入れながら、透は呟く。
「俺は貴方を本気で信頼してますが、きっと奥底では相入れないのでしょうね」
「それで良い、信頼はいくらでもして貰って構わないが……僕を“信仰”だけはするな。自衛隊にこんなイかれた思想を広めるわけにはいかんからね」
退室しようとした透へ、最後に錠前が声を掛ける。
「明日はしっかり楽しんでね、新海。テオドールくんをよろしく」
“楽しむ”の定義が違うなと思いつつ、透は部屋を出た。
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