第73話・狂気の上官
美容室を出た透たちは、そろそろ昼食でも食べようかと街を歩いていた。
さっきまでと違うのは、透が下げた右手である。
「テオ、なんか食いたいもんあるか?」
はぐれないよう、しっかり“手を繋いだ”テオドールが屈託のない笑顔で返してくる。
「そうですね……、せっかくですしこの国の方がよく利用するお店とか行きたいです」
美容室でビフォーアフターしたテオドールは、髪の長さもちょうど良くなってスッキリしたご様子。
隣を歩いていると、どこかシャンプーの良い匂いがした。
本人もそれが気に入っているらしく、非常にご機嫌。
「そうだなぁ……、四条。お前はなんかリクエストある?」
「テオドールさんの言う通り、大手チェーン店の方が良いでしょう。……色んな意味で」
「色んな意味。その心は?」
透の問いに、彼女はスマホを向けた。
「この観光は今度動画にするので、もし個人営業店にでも行ってみてください……大変なことになるでしょう?」
「あー……、なるほど。動画を見たリスナーさんたちが押し寄せたら、絶対キャパオーバーしちまう。じゃあテオの言う通りにするか」
チラリと、2人に気づかれないよう後ろを一瞥する。
そして小声で呟いた。
「4人……、いや。8人はいるな。白人とアジア系……」
美容室を出てから、透たちは何者かの尾行を受けていた。
四条とテオドールが気づいているかは不明だが、思った通りの展開である。
前日に行われた、錠前との会話が脳裏を過ぎる––––
◆
「中露の部隊が動く……本当ですか? 1佐」
外出前日の夕方、透は錠前と話をしていた。
内容は、明日襲ってくるであろう敵について。
「そりゃもちろん、大陸の連中は今頃––––テオドールくん用に買った制服の履歴を見て、我らが防衛省を嘲笑ってる頃だろう。電子に疎い後進国……とね」
夕焼けの窓を背に、錠前1佐は椅子にもたれかかった。
その顔には、微塵の焦りも無い。
「なるほど、テオドールは大陸人を釣る餌……ですか」
「言い方が悪いな新海、せめて情報戦って表現してくれないと。お上はそういうのにうるさいよ〜?」
「別に出世する予定無いですし、そういうのはエリートの中央幕僚に任せますよ」
「はっは! 英雄さんはお堅いことで」
どこまでも飄々とした錠前の作戦は単純だった。
普段は周到に潜伏している工作員が、異世界人という絶好のプロパガンダに反応しない訳が無い。
これを機に、都内から中露を一掃してやろうという魂胆だ。
しかし、当然懸念がある。
「危険は無いんですか? 東京で銃撃戦とか……翌日の左派系新聞の餌にされますよ。何より国民が危ないです」
透は自衛官として、白昼道々––––国民のド真ん中で銃を撃つことを嫌った。
そもそも彼は、ダンジョンにかなり限定的とはいえハンター……つまるところ民間人が入ってくるのにも反対の人間。
国民を危険に極力晒したくなかった。
「その点は心配ない、君には……これを預ける」
錠前が机に置いた物を見て、思わず尋ねた。
「なんですか……? これ。虹色のサイコロ?」
「いざという時に使ってくれ、やり方は単純––––砕くだけ。それで一般市民は全て守られる」
何を言っているかサッパリ理解できなかったが、次いで受けた説明に透は思わず驚愕した。
それは、にわかに信じがたいが……確信を持って告げられる。
「––––ってわけ、これなら犠牲者は出ない。僕たちに最高の舞台が用意できるよ」
「そんなラノベやアニメみたいなこと……、本当にこんなサイコロで出来るんです?」
「技研が秘密裏に羽田で試した、使用コストは最大級だが……確かに効果はあったよ。朝霞駐屯地から持ってきた、10式の戦車砲を撃っても問題無かった」
眼前の男は、くだらない嘘をつく人間ではない。
透はひとまず本当だろうと思いつつ、気になっていたことを聞いた。
「危惧については了解しました。でも今回の東京観光……、中露の妨害があることを知ってなお決行した理由。それを教えてください」
「テオドールくんを日本に染め堕とす、これ以上の理由がいるかい?」
「それもですけど、なんていうか……自衛隊にしては随分と思い切った作戦だと思いまして。どう言えば良いんでしょう……」
サイコロを受け取った透が、困ったように呟く。
「非常に強い“殺意”を感じました、刀の鞘じゃない……抜き身の刃のような。今までの自衛隊じゃ考えられない作戦です」
彼が自衛隊に入るにあたり、この組織については当然調べた。
当時は高校生で知識も希薄だったが、少なくとも今回のようなことを行う組織じゃなかったはず。
透の質問に、錠前は一呼吸置いてから答えた。
「当然の疑問だね、だってこの作戦––––僕が直接防衛大臣に掛け合って。統合幕僚長にも無理矢理呑ませた案だし」
やはりか……と、答えに帰結。
このまま頷くわけにはいかず、透はサイコロを持ちながら聞いた。
「錠前1佐。あなたの目的はなんです? それを聞かないと––––俺は部下の安全を保障できません」
「さすがは小隊長、素晴らしい具申だね。まぁ新海って僕の一番頼れる部下だし……ちょっとくらい教えてあげても良いかなぁ」
29歳という異例の若さで1佐に登り詰めた男は、アッサリと口開く。
「僕の目的はね新海……、大陸に蔓延る侵略国家。“中国・ロシアの粉砕”だ。そのためならダンジョンだろうが異世界人だろうが––––なんだって使うよ?」
ゾッと背筋が凍った。
眼鏡の奥の瞳は一切笑っておらず、微笑む表情との乖離が寒気を感じさせる。
透は確信した、この上官は––––自衛官にあるまじき“本物の狂気”を孕んでいると。
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