第60話・囚われのテオドール、日本の水準を知る
ラビリンス・タワー攻略から1週間が経った。
レアアース泥の出現に湧く日本国民は、自衛隊の配信を擦り切れるまでリピート。
その戦闘の様子がなかなかに派手であったことから、世界中でなんとトレンド1位を1週間以上独占した。
当然ながら、テオドールが捕らえられた瞬間も数十億回再生される羽目となったわけで。
「…………っ」
そんな彼女、執行者テオドールはユグドラシル駐屯地に監禁されていた。
奪い取られたエリアでは、魔力の使用が大幅に制限されてしまう。
彼女はこの1週間、黙秘を続けながら魔力を少しずつ充填していた。
あと少しで、転移魔法1回分の量が充填できる。
––––ガチャッ––––
扉が開けられる。
硬い床で横になっていたテオドールが見上げれば、そこには迷彩服を着た自衛官たちが立っていた。
「こりゃ驚いた、本当に水も食料も無しに一週間しのぐとは……思ったよりやつれていないし、どういう仕組みだろうね〜」
数人の人間を割って入って来たのは、見覚えのある男。
ヤツだ、ベルセリオンが奇襲して返り討ちに遭った––––ユグドラシル駐屯地最強の自衛官。
「侮れないねー異世界人って、僕らの観測できない未知の力で飢えを凌ぐ。本当魅力的だなぁ」
まるで無邪気な学生のように、飄々と観察してくる。
「これくらいの拷問では口なんて割りませんよ、錠前1佐。最初に言ったはずです……ダンジョンの機密を教えるつもりは無いと」
「ん? 君……なにか勘違いしてない?」
不気味に笑った錠前は、部下に指示して彼女を立たせる。
「部屋に放置するだけのことを拷問って……ウケるね、これからだよ。“本当の拷問”は」
ゾクリと、テオドールの背中を寒気が襲った。
いや、敵に捕らえられた今……最悪死ぬ覚悟ならできている。
今さらこんな脅し––––
「死ぬ覚悟はできてる……なんて思ってないかい? だったら嘘も良いところだ。本気で死ぬつもりなら今ごろ舌を噛み切ってなきゃおかしい」
「…………っ」
「別に責めてるわけじゃないよ、まぁ力抜きなって。1週間ぶりに外へ出してあげるからさ」
後ろ手に付けられた手錠はそのままに、テオドールは目隠しをされた。
そのまま歩くよう指示され、5分ほどした頃だろうか……連れられたのは狭い個室だった。
四角いテーブルと椅子、明かりだけがある質素な空間。
目隠しを取ると同時に、ガチャンと音がした。
「えっ……?」
なんと、錠前がテオドールを縛る手錠を外したのだ。
「両手が塞がってちゃ面倒だろ? 代わりにこっち、付けてくれるかい?」
右腕にはめられたのは、銀色のブレスレット。
鍵穴が付いており、外すことはできないが……両手がやっと自由になった。
「さぁ……始めようか、君への拷問を」
対面に座った錠前が、監視カメラに合図を送る。
しばらくすると、部屋のドアが開かれた。
「お持ちしました! 錠前1佐!」
「お疲れ、それ––––彼女の前に置いてもらえる?」
「はっ! 失礼します!」
テオドールの前に、どんぶりに盛られた未知の食事が置かれた。
それが食べ物だと分かったのは、栄養を激しく求める身体にダイレクトで刺さる匂いのせい。
「箸は使えないだろうから、フォークを用意させた。もう召し上がっていいよー」
机の上に置かれた“カツ丼”を、錠前は指差す。
こんがりと焼かれ、黄金色の衣が付いた肉の塊にたっぷり出汁が掛けられたそれは、テオドールの口内に大量の唾液を溢れさせた。
匂いで毒は無いとわかる。
だが、これは一体––––
対面で座る錠前が、ニッと笑った。
「最近自衛隊の予算が増えてね、食事に金が掛けられる……とても美味しいよ? 食べないの?」
なるほど、食事で懐柔するつもりか。
しかし残念だったなと、テオドールは胸中で冷笑する。
「匂いはともかく、これまでいくつもの世界を渡り歩いたわたしが……この程度の料理を美味しいと思うとでも? 無闇に栄養を与えた愚策––––後悔することですね」
魔力回復のため、テオドールはフォークでカツ丼を思い切り刺す。
次いで、躊躇なくその小さな口で頬張った。
「………………ほえ?」
一口噛み締めて、彼女はフリーズする。
理由は単純、初めて食べたそれが––––この世のものとは思えない美味を誇っていたからだ。
マスターから与えられた食事が不味かったわけではない。
これは違う、色々と違うのだ。
料理としてのレベル、味のクオリティがそもそも異次元だった。
「はぐっ、モグッ!」
抗うことは不可能だった。
空腹は魔力で多少補えるのに、本能が目の前のカツ丼を求めてしょうがない。
気づけば5口、7口と手で握ったフォークが止まらない。
尊厳を踏み躙られる気持ちは確かにあったが、この料理を頬張る幸せに比べれば些細極まりなかった。
続いて冷えたコップの水を飲み干す。
信じられないことに、水ですら泥などの臭みが一切無かった。
消臭の魔法を使ってもここまでスッキリはしない。
こんなものは、生まれて初めてだった。
「口に合ったようだね、新海に『異世界から来た魔族が最初にカツ丼を食べるアニメがある』と聞いて用意したが……」
顔を真っ赤にしながら、気まずそうに食器を置くテオドール。
どんぶりの中身は、米粒1つ残らず完食されていた。
「間違ってなかったようだね」
「か、勘違いしないでください! 貴方たちがわたしを懐柔するために、“この世界で最高峰”の食事を用意したのはわかっているんです! こんな程度で––––」
強がるテオドールの言葉を、錠前は次の一言で黙らせた。
「それ、ウチの食堂で一番安いカツ丼だよ」
「………………ほえ?」
間抜けな声が部屋に響いた。
ほえ。
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