第5話・いきなりのエリアボス
「周囲に敵影無し、遠くから銃声が聞こえるんで……多分他部隊がまだ戦ってますね」
透たちの小隊は、大通りに面する1軒の家屋へ逃げ込んでいた。
坂本と2人で徹底的にクリアリングし、入り口にはバリケードも仕掛けた。
手榴弾によるブービートラップも考えたが、味方が来るかもしれないのでそれはやめている。
また下から生えてこない限り、とりあえずは安心だろう。
ひとまず、四条を乱戦から遠ざけることには成功した。
「一体……どういうことですか?」
腰の拳銃に手を当てた四条が、眉をひそめる。
「さぁな、どうもここは常識が通じないみたいだし。ひとまず君が無事で良かったよ」
「そうじゃありません、何故貴方は敵の襲撃を事前に察知していたのですか? 最初も、さっきも……まるでドローンで上空から俯瞰したみたいに」
「ん〜……、なんて言えば良いかな」
マガジンの整理をしながら、透は何気なく答えた。
「小さい頃から危機察知能力? がやたら敏感でさ。自衛隊に入ってからはより一層鋭くなったんだ」
「危機察知、能力……?」
困惑する四条に、坂本がどこか自慢げに教えた。
「新海隊長、こう見えて富士の教導団相手に演習でかなりの痛手を負わせたんだよ。僕を含めた中隊が壊滅したのに、たった1人で2個中隊を相手に立ち回った」
「ふ、富士教導団を相手に!?」
陸上自衛隊 富士教導団。
それは、全国から集められた自衛隊における教師のようなもの。
その練度は最精鋭たる第一空挺団にも匹敵し、ホームグラウンドの富士演習場において勝てる部隊はほぼいない。
そんな化け物のような部隊を相手に、新海はたった1人で善戦した過去を持つ。
「まぁそうは言っても結局負けたからなぁ……、自慢にならないよ」
「富士教導団相手にそれって……、本当に何者なんですか貴方は」
「ただの新米3尉、んでもって君の護衛」
「ッ…………」
マガジンの整理を終えた透は、空になった物を腰のダンプポーチに放り込んだ。
次いで、窓際で警戒する坂本に近づく。
「どうだ?」
「通りに気配はありません、目視ですが。こういう時にクアッドドローンでもあれば良かったんですけどね」
安価で軽量なドローンは、ウクライナの戦争において非常に活躍した。
当然自衛隊はドローン戦力をここ数年で整えているが、残念ながら今この場には無い。
そもそも、自衛隊の主力ドローンは『スキャンイーグル』や『グローバルホーク』といった高性能で大型の物が多かった。
ウクライナ・モデルはあまり当てはまらない。
「……っ、多分だがこの周囲2キロにはいないだろう。味方の銃声に釣られているはずだし」
「じゃあ僕らも音を頼りに合流しますか?」
「いや、混乱した味方部隊には今近づきたくない。絶対誤射される……。当初本隊が目指した、中央と思しき宮殿に向かおう」
バリケードをどかして、慎重に外へ出る。
陣形はさっきと一緒で、坂本がポイントマンを担当して透と四条が続く。
【一体どうなるんだろう……】
【配信切らないで良いのかな? 明らかに良くない状況だけど】
【新海3尉に賭けるしかない、話が本当なら一番頼れる】
四条が確認していない間に、同接数は300万人を突破していた。
世界中の人間が見に来ており、あらゆる言語が飛び交う。
【日本の軍隊は凄いね、いつでも冷静だ】
【けど、坂本とか言うポイントマンの装備がずいぶんと古いような……】
【日本陸軍は予算がいつも少ないと聞く、そのせいじゃないか?】
一部坂本の装備を心配する外国勢もいたが、彼はこれを好きで選んでいるので杞憂である。
「クリア、続いてください」
64式を隙なく構えた坂本の後ろで、透が四条をエスコートする。
「もう一度確認なんだけどさ、四条2曹」
「なんですか?」
「ちゃんと音声切ってるよね? さっきの話、富士教導団に聞かれたら嫌な顔されるんだけど」
「もちろんミュートにしています、大衆はあなたを名無しの護衛と認識しているはずですよ」
「……なら良いか」
透の直感通り、本当に2キロを過ぎても敵影は無かった。
しばらくして、宮殿前の大広場に辿り着く。
「ここなら射程距離も取れるし、味方からもわかるだろう」
「そうっすね、もう少ししたら本隊のクアッドドローンがこの辺りに来るでしょうし、その時に手でも振れば大丈夫かと」
これで一安心だ……、そう思った矢先。
「えっ、なに?」
広場の全周を、赤い壁が一瞬で囲ったのだ。
同時に、中心部の地面へ魔法陣が現れた。
「……マズったか?」
透たちの前に現れたのは、身長2メートルを超す黄金の鎧を着た騎士。
手には、いかにも斬れますというような剣が握られている。
間違いなく、
「エリアボスってやつか……!」
20式の発砲と、黄金の騎士が動くのは同時だった。