第495話・対国連決戦兵器
「これは…………配信?」
ついさっきまで血の気の昇っていたフランス大使が、気の抜けたように席につく。
それは、とある日のダンジョン内での日常が、陸上自衛官――――四条衿華によって収められていた。
◇
「隠し撮りってマジかよ衿華、怒られても知らねーぞ?」
――――ユグドラシル駐屯地、PX前。
時刻は夜の9時。
カメラを手に持った四条と一緒に、透は若干呆れたような声で話していた。
自衛隊では消灯時間の関係もあり、通常この時刻にPXは開いていない。
しかし、ここは特例のユグドラシル駐屯地。
残業や警備に勤しむ隊員への配慮から、深夜まで営業している。
「実はね透、タレコミがあったの」
彼氏の前でしかしない、砕けた口調。
服装は寝間着で、長袖のカーディガンにショートパンツという恰好。
透も迷彩服の長袖にジャージの長ズボンという、ラフな様相。
傍から見たら仲睦まじいカップルだが、勘違いすることなかれ。
この2人は”保護者”でもあるのだ。
「PXの隊員から、最近夜にテオドールさんが来てるって聞いたの」
「はぁ? テオが? なんでそんな時間に……就寝時間だろ」
執行者の生活管理は、主に保護者2人の仕事。
8時前にはお風呂を済まし、自由時間の後に10時就寝と決められている。
しかし、多少許可しているとはいえ、彼女らは深夜ラーメンの前科あり。
無許可での食堂侵入を防ぐため、今では周辺の警備を増加している。
「彼らの話では、9時半頃……ちょくちょくチキンを買いに来てるらしいわ」
「それ、どうやって聞いたんだ?」
「最近ベルさんの体重が想定より増えてて、少し気になったの。案の定、PXの隊員たちが隠してた」
「…………タレコミって話だよな?」
「うん」
「なにやったの?」
「深夜シフトの連中を”少し”締めただけよ? 別に乱暴なことはしてないもん」
思わず両手を合わせる透。
口にするのも憚られるような、すさまじい尋問が行われたのだろう……。
これ以上の詮索は危険と判断して、透は話を本題に戻す。
「も、もしその通りならもう来るんじゃないか? 多分テレパシー遮断してるだろうし、見つかる前に隠れるぞ」
近くの角に身を潜めながら、透と四条は待ち伏せ。
少し狭かったため、密着状態になる。
――――クソッ! 風呂上りだからこいつめっちゃ良い匂いすんな……!
透の情緒が乱されると同時、通路の奥から足音が響いた。
「むふふっ、自衛隊の警備もまだまだですね」
パーカーにショートパンツ姿をした、銀髪の幼い女の子。
執行者テオドールが、小悪魔顔で歩いてきた。
「食堂に注意を逸らしたのは正解でした、おかげで寮を転移魔法を使わずに出れます」
誰が見てもわかる、完全に油断しきった舐め腐った顔。
まさか自分がマスターに見られており、絶賛撮られているなど考えてもいない。
テオドールはPXに入ると、やはりというかチキンを3個購入した。
おそらく、部屋にいるベルセリオンとエクシリアも共犯だろう。
最近、やたらとテレパシーの精度が高くなったのも、師匠がこういう事のために鍛えていると見えた。
「どうする透?」
「どうするったってなぁ……」
髪をかきながら、透は小さく声を出す。
「俺だって高校生の頃は深夜までゲームして、その足でコンビニとかラーメン食いに言ってたし。ぶっちゃけこのレベルの些事を怒る気にはなれないんだよなぁ」
「でも放置は良くないんじゃない? そこは親の監督がいると思う」
「ごもっとも、だから――――」
角から出た透は、悪い笑みを浮かべる。
「少し驚かす」
一方のテオドールは、お目当てのチキンを手に入れてホクホク顔。
後は帰るだけだと、踵を返した時だ。
「やっ、テオ」
「…………」
人間、本当に理解が追い付かない時、叫ぶこともできないという。
今のテオドールは、まさにその状態。
”かんぺきないんぺいさくせん”が敗れ去り、自らのマスターが目の前で微笑んでいる。
10秒ほど硬直したテオドールは、ようやく意識をハッキリさせた。
「と、透…………ッ」
「こんばんは、そのチキン……なに?」
執行者テオドールの全身から、冷や汗がドッと溢れ出た。
「あっ、えと……そのっ!」
とっさに周りをキョロキョロと見渡し、何か打開策が無いか探るが――――
「ほえん」
特になにも無かったので、とても困ってしまったらしい。




