第494話・新生国際連合
新生国連本部――――かつてのガラス張りの威圧感はそのままに、入口の検問だけが少し増えていた。
並び立つ国旗群からは、一時的に中国とロシアが下ろされている。
ロビーを抜け、テレビでよく見る円形の会議室には、大勢の人間が詰めていた。
――――安全保障理事会。
各国の代表が席に座る。
この空気の重みも、今日の議題を考えれば当然と言えた。
――――カンッ――――
議長が木槌を叩く。
「本件は、日本国政府による“ダンジョン主権”に関する審議です。大使、説明をお願いします」
まだ若い日本代表が立つ。
背筋は非常にまっすぐだ。
「ダンジョンの影響。各国が示す憂慮は、既に日本政府として把握しております。ですがダンジョンの主権移管――――これは我が国として容認できないと考えております」
視線が一周し、各国の反応を拾い上げる。
「現在ダンジョンは我が国の首都に位置しており、主権移行は外国軍の駐留を意味します。それは主権国家であるならば到底容認できないこととご理解できると思います」
国連大使は続ける。
「先日、自衛隊がダンジョンの最終地点――――”第5エリア”を発見しました。我が国は早期にこれを攻略し、確実にダンジョンの制御権を奪取するつもりです」
この言葉に、米国代表が腕を組んだまま口を開いた。
「“確実”という言い方は、我々が最も嫌うものだ。日本国には勝てるという根拠を提示してもらいたい」
日本代表は、即答した。
米国の反応は、あらかじめシミュレート済み。
「機密に抵触しない範囲で開示します。第一に、我々は第4エリア時点で対魔導戦闘のノウハウを蓄積しました。通常戦力、無人機運用、魔導戦力――――すべてを1つの指揮系統に束ね、確実に勝てる形にしました」
ただちに資料が配られる。
紙の束が机に落ちる音が、パタ、パタ、と連鎖する。
作戦概念。損耗見積り。補給線。いざという時の避難計画。
ここで欧州側から鋭い声が飛ぶ。
「日本が単独でダンジョンを管轄するのは非常に危険だ。資源、技術、そして何より……”魔導戦力の集中”。ただちに国際管理が必要では?」
その言葉に、グローバルサウス側の代表たちが頷く。
もっと率直だ。過去の激しい飢えの記憶が、彼らの外交を正直にする。
「無制限に資源が出るのだろう? その経済的影響、金銀出現を仮定して、市場崩壊の責任はどう取る?」
「環境への影響は? レアアース泥の出現によってサンゴが破壊されたとのデータもあるが」
「攻略の失敗でモンスターが溢れ出た場合、近隣国をどう守れる?」
会議室が熱を持つ。
日本代表は、そこでテコを入れた。
想定内、顔には既に答えが宿っていた。
「国際管理の重要性――――各国の憂慮は重く受け取ります。結論から言いましょう」
短く切る。
「管轄および責任は、全て日本国が担います。資源が溢れたなら適切なレートと流通を守り、資源出現箇所については環境再生の投資を既に策定済み。周辺国の安全保障についても迅速かつ的確な防衛力の行使により担保します」
反発の波が来る前に、続ける。
「ただし、監視と共同防衛の枠組みはこれの国際化に反対しません! 国連直轄の“ダンジョン監視団”を受け入れます。危険区域外での常設監視、自衛隊内のログの共有、事故時の即時通報。全て受け入れます!」
ここで止めてはならない。
中露が崩壊した今、しくじれば日本が新たな枢軸になる。
それは、それだけは避けねばならないのだ。
「各国の憂慮に対し、日本政府は常設の”国連軍”を編成することを提案します!!」
議場が一斉にどよめいた。
各国共に、自国の軍を派遣して影響力強化を狙っていたため、完全に不意を突かれた形だ。
アメリカ大使はほくそ笑み、イギリス大使は隠さずに笑う。
ドイツ大使は明らかに不満気で、インドは無反応。
グローバルサウスはざわつきを起こし、ASEAN諸国は明確に困惑。
ここで、あるオブザーバーの男が発言権を求めた。
「――――よろしいですかな? 議長」
「…………中華民主主義共和国臨時大使、”林大使”」
ここに来て、ポーカーフェイスを保っていた日本大使の顔に汗が浮かんだ。
そう、林大使――――先日までダンジョン勢力として自衛隊と交戦し、日本に投降。
昨日の便で北京自治区に帰るはずが、どういうわけかここNYに飛んできた。
「感謝します、では――――」
正装に身を包んだ林大使の背筋が、ビッと伸びる。
明らかに軍人の所作。
彼については、政府から特に警戒すべしと言われていた。
「各国皆様のご反応から察するに、日本側の回答に用意が無いと見て伺いました。常設の国連軍……旧国連では実現しなかった、”共同軍事部隊”という認識でよろしいでしょうか? 大使」
「はい、ダンジョンのみならず、各国の紛争調停の役割も備えた常設かつ恒久的な軍事部門です」
「つまり各国の”主権”が及ぶ軍隊ではなく、国連主導の軍隊なら――――ダンジョン内への米軍以外の派兵も許容できると?」
……やはり非凡な男だと悟る。
あえて紛争調停でお茶を濁したにも関わらず、あくまでダンジョンから主題を逸らさない。
さすがは、あの新海透と互角に渡り合った男……。
その後の応酬は10分にもおよび、最終的に”分担量”と”負担金”についての議題となった。
この間、林大使はサラッと拠出金の負担を支持し、さらには再建した軍隊の実に40%を国連軍に預けることを提案。
日本および米欧は、解放軍を潰した手前……反対などできない。
結果として、中国は自国の防衛を西側に任せ、さらには平和主義を喧伝。
動揺する国々を差し置いて、いきなり利益を取ってしまった。
この林大使の立ち回りに危機感を覚えたのだろう。
フランス大使が発言を行った。
「我が国も常設の軍事部門設立には賛成です。しかし! 原子力先進国として――――ハッキリさせなければならない点があります」
配られた資料を、バンと机に置いて指差す。
「魔力……引いては魔導戦力を、現在日本が独占しております! もし魔力が原子力以上のポテンシャルを持ち、執行者が”核兵器”に迫る戦力ならば、日本は実質的な核保有国に該当します!」
この言葉に、日本大使がただちに反論。
「フランス大使! あたかも執行者を兵器と同列に語っておられますが、彼女たちは基本的人権を持った人間です! 確かに懸念はご理解しますが、核兵器と同じ扱いはしないでいただきたい!」
「では日本政府には証拠を提示していただきたい! 魔力という新資源への対応、ならびにそれを操る執行者が危険ではないという証拠を!!!」
フランスは核保有国であり、世界一の原子力発電推進国。
もし魔力が原発以上のエネルギー資源になった場合、その権威は失墜する。
さらに言えば、既に執行者は莫大な戦果を上げていた。
「もし証拠を提示できない場合、執行者を兵器とみなし”国連共同管理”とすることを提案する!」
「ッ!!!」
執行者という存在の共同管理。
それはすなわち、彼女たちが人間ではなく核兵器と同列に扱われるということ。
大使はすぐさま部下に指示。
”ある物”の準備を開始した。
「証拠ならございます、執行者は1人の人間であり――――地球人に対し無害であることを示す映像が」
「なに?」
配られたタブレットには、1つの動画ファイルが入っていた。
【陸上自衛隊ダンジョン配信記】
この簡素なタイトルの動画に、今後世界のパワーバランスを決める内容が詰まっていた。




