第489話・現状認識こそ成長の一歩!
さっきまでウキウキしていた大天使ウリエルの顔が、死んだように青ざめる。
「……っ」
錠前と四条は、入るなりキッチンの全員を一瞥した。
視線がウリエルに止まる。
その瞬間、空気が一段冷えた。
「……へぇ、随分と物騒な食堂だね」
錠前はいつもの感じで笑っている。
だが紅い目が笑っていない。
返答如何では、即殺すという意味だ。
一方の四条は、まだ状況が呑み込めずにどこかキョトンとしていた。
「あれ? この人……確か」
「うん、一応……敵の大天使」
透が淡々と答える。
「だよねぇ、ってかなんでエプロン?」
錠前が小首を傾げる。
その仕草だけは無邪気だが、圧倒的な殺意が透けていた。
ウリエルは咳払いを一つ。
今すぐ逃げ出したい気持ちをこらえ、平静を装いながら背筋を正す。
「……錠前勉、初めて会うな」
「これはご丁寧に、初めましてだね」
「やはり……聞いていた通りの化け物らしい、全力を出したとしても1秒未満で私など殺せるのだろう?」
「うん、単騎で乗り込んできた度胸は認めるけどさ……」
魔眼が机に置かれたラーメンへ向いた。
「まさかこれ、君が作ったの?」
「あぁ、新海透たちへ教わりに来た。今の私は魂の一杯を求めているのでな……戦いに来たわけじゃない」
数秒の沈黙。
本当は事前に連絡したかったのだが、事情がそれを許さなかった。
まず、錠前はなぜか第2エリアへ遠征に行っており、直前まで音信不通。
透本人もまた、ついさっきまで鬼の四条陸将とガチ面談をしたばかり。
ウリエルが来ること自体をさっきまで忘れてしまい、結果としてサプライズとなってしまった。
「怪しむなら遠慮なく殺せ、どの道お前を前に抵抗など無意味だからな」
だがいさぎよし、ウリエルも覚悟は決まっていた。
その想いが伝わったのだろう、錠前は軽く笑い。
「いやいいよ、新海が許可出してんでしょ? だったら信じても良いさ」
「わたしも同じ、透が認めてるなら良い」
2人共にアッサリ承諾。
四条も錠前も、腹を鳴らしながら席に向かった。
「さしずめラーメン修行? 僕らは試食役ってわけか」
「申し訳ありません1佐、報告が事後になってしまい……」
「まぁ今回は音信不通になった僕も悪い、それより……これ食べちゃって良いんだよね?」
「はい、インスタント麵ですがウリエルの初料理です。見てやってください」
四条が割りばしを開く。
「まさか天使の作ったラーメンを食べることになるとは……、人生わからないわね」
「はっはっは! まぁ良いんじゃない? その代わり――――僕の評価は辛口だよ?」
割りばしを持った錠前に、ウリエルは表情を変えずに返答。
「忌憚なく言ってくれ、遠慮はいらん」
「それじゃ遠慮なく」
錠前と四条が、揃ってスープを一口。
しばらく口内で味わい、ゴクリと呑み込む。
緊張の一瞬……ウリエルは汗をかきながら、感想を求めた。
「ど、どうだ?」
帰ってきた言葉は――――
「まぁ、うん……普通にインスタントラーメンね。子供の頃以来だけど美味しい」
「けどアレンジも特に見当たらないし、魂と言うにはちょっと手抜きじゃね? せめて柚子胡椒くらいは入れてよ」
ごく当たり前な感想。
本当に茹でただけなので、これのどこに魂があるのか問われても困るだろう。
しかし、透はこれこそが求めていた答えだった。
「聞いたかウリエル?」
「あぁ……」
エプロンを解いた彼は、本当に悔しそうな顔をしていた。
「これが今の私の限界か……、あの店主ならもっと客の喜ぶラーメンを作れただろうに…………!!」
「やっと現状が把握できたか。お前はインスタントですら苦労してアレンジも怠った、そんな基本もできずに魂の一杯は多分できないと思うぞ」
ウリエルのマーケティングや味への解像感は、”認識だけ”なら確かに本物だ。
けれどもそれは、あくまで異世界から来た素人の域を出ない。
料理に全てを費やす国民性の日本人から見れば、見通しがまだまだ甘いと言わざるをえなかった。
「……くっ、一体どうすれば良いのだ! これでは到底あの店主に喜ばれる一杯など作れんではないか!!」
「そうか?」
「なに?」
透は特に疑問符を抱くことなく、素直に返す。
「現状を把握できた。立派な第一歩じゃん、ほれ」
そう言って、透がLサイズのビニール袋を数個一気に渡す。
「これは…………?」
中には冷蔵の麺や各種スープ、チャーシューや野菜がたんまり入っていた。
「たった1回の料理で”美味しい”に至れるわけがない、俺からできるアドバイスは――――とにかく練習。以上」
「……本当にもらって良いのか? 私はお前たちの敵で――――」
「そういうの良いから、ほれ! もう時間なんだろ? サッサと帰んねーと味方に怪しまれるぞ」
言いながら、ウリエルを拘束していた魔導具を外す。
もう錠前がいるので、自由にさせても良いとの判断。
転移魔法を発動しながら、ウリエルは軽くお辞儀した。
「自衛隊よ、この借りはいつか必ず返す。それまではお互い敵同士、戦場で会っても容赦はしないからな」
「あぁ、じゃあな」
ウリエルの姿が消える。
インスタントラーメンを食べ終わった錠前が、背後で立つ音が響いた。
「ご馳走様、僕も解散させてもらうね。――――”待たせてるヤツ”がいるもんで。四条2曹、行くよ」




