第488話・求めよ! 魂の一杯!!
――――食堂。
透たちは人払いを済ましてから、ウリエルを連れてキッチンに立った。
全員コンシャツの上からエプロンを着けて、準備は万端。
ウリエルは鎧が邪魔だったので脱いでもらい、同じくエプロン姿。
自衛官と大天使が、机に並べられたインスタントラーメンを睨む。
「まずは何味から作りますか? 王道の醤油で行きます?」
坂本が手に取ったのは、大手メーカーの醤油ラーメン。
別に特別なブランドや味付けでもない、ごく普通の物だ。
それを見たウリエルが、腕を組んで頷く。
「醤油……なるほど。王道を行くか。つまり歴史に導かれし最適解だな」
「歴史っていうか、まぁ安定っていうか……」
随分と大仰な言い方に、久里浜が微妙な顔になる。
透は台の上に袋麺を並べながら、短く言った。
「まずは基本。変に凝っても仕方ない。ちなみにチャンスは1度だぞ」
「承知した」
ウリエルが即答する。
返事だけは既に一流だ。
「じゃあ手順から……まず鍋に水。量は袋に書いてある通りで」
坂本が袋の裏をウリエルに見せる。
「……五百ミリリットル?」
「そうそう、これは麺だけど適当やると固い柔いで地獄見る。まぁ失敗したら千華に食ってもらうから別に良いんだけど」
「はぁ!? なんでわたしが残飯処理係なのよ!」
「料理できないお前にあげる素敵な役割だ、感謝しろよ」
取っ組み合いを始める喧嘩ップルを尻目に、ウリエルは袋の数字を凝視した。
「ほぉ、このまま中身を水と一緒に加熱するだけで良いのか」
「まぁインスタントラーメンだしな。水はここ、五百ミリ。イチャイチャしてないで坂本が量見てやれ」
「了解っす」
ウリエルが蛇口をひねる。
––––ゴォォォ––––!!!
「勢いが強い! もっと緩くゆるく!」
久里浜が突っ込んだので、すぐさま透がカバー。
入れすぎた分を、シンクに捨てた。
すると、ウリエルが不満そうに眉を動かす。
「なぜ捨てる。飲み水は貴重だろう」
「えっ、いや……水道水だし」
「……言いたいことはあるが、ここは大人しくしていよう。次は?」
そんなこんなで、調理は順調に進んでいく。
と言っても所詮はインスタント、調理という言葉が適切かはわからない。
グツグツと沸騰するお湯と中の麺を見て、大天使は腕を組んだ。
「待ち時間のついでに聞くんだが……、新海透。本当にお前が”因果の代行者”なのか?」
「ついででする話じゃない気がすんぞ、まぁ……なんかそうらしい。林少佐やガブリエルが言ってたことが正しいならな」
未だ実感の無さそうな透に、ウリエルは続けた。
「なおさら疑問だな、執行者の役割も聞いただろう?」
「えっと……、なんか俺への特攻持ちというか、ストッパー的な存在って言ってたっけ」
「そうだ、執行者とは”因果調律を執行する者”。現実改変者の暴走を阻止し、殺すために存在する。なぜ――――そんな天敵と主従契約を結んでいる。まして可愛がる間柄ではないぞ」
「そうは言っても、テオはもう俺の娘みたいなもんだし……。ちゃんと世話して大きくなるまで親として育てるって決めたからなー、天敵とか関係ない」
「…………ッ」
ウリエルの喉が、わずかに詰まったように見えた。
だがすぐに咳払いを一つ。
翼を畳み直し、鍋へ視線を戻す。
「……理解できんな。敵意や支配ではなく、情で己を縛るなど」
「情じゃねぇよ、“責任”だ」
透は淡々と言い切る。
その横で、久里浜が「おぉ」と一言。
坂本は箸で麺をほぐしながら、タイマーを確認する。
「隊長、あと30秒っす」
「了解」
透が頷くと、ウリエルが静かに問いを重ねた。
「……責任なら、天敵を殺すのも代行者としての責任だろう。まして娘だと? 血だって繋がって無いだろう」
「関係ねぇよ」
透の声が少しだけ低くなる。
「お前の言い分はわかる。でも俺は因果とか世界とか知らん。確かに育てるのは大変だよ、金も時間も手間も思ってた数十倍かかる。だからこそ、“大人として”逃げたらダメだろ」
「……ッ」
ウリエルが一瞬だけ黙り込んだ。
湯気の向こうで、その顔が僅かに影になる。
「……あの店主も、似た雰囲気がしたな」
「ん?」
「誇りだの何だの言ったが……結局は責任に帰結する。暖簾を守る責任。味を落とさない責任。客に出す責任。この世は誰かの責任で回ってる、この世界だってそうだろう」
ウリエルの言葉は、妙に真っすぐだった。
だからこそ、下手な人間よりも的を射ている。
「……私が返したいのは、その重さに見合う何かかもしれない。そういう意味では、新海透――――お前の言葉は理解できる」
「だったらありがたい」
「野暮なことを聞いて悪かったな、お前はエンデュミオンと違って”大人”だとよくわかった。すまない」
「良いってほら、麺茹で上がったぞ」
一連の流れを、後方腕組みで見ていた坂本に久里浜は。
「なんでニヤついてんの……?」
「別にー?」
自分が一番彼のことを先に理解していたという、謎の優越感に浸っていた。
仕上げにスープを作り、後は麺を投入するだけ。
「そういえば、作ったラーメンは誰に食ってもらうんだ? 執行者か?」
「テオとベルセリオンは勉強中だからパス、心配すんな――――ちゃんと呼んでる」
言った瞬間、食堂の入り口から2人の自衛官が入室した。
「インスタント麺の試食会だなんて、いきなりどうしたの透?」
「たっだいまー! 遠征帰りの上官をもてなしてくれるなんて、良い部下を持てて嬉しいよー」
令嬢、四条衿華。
現代最強の自衛官、錠前勉が現れた。
さっきまでウキウキしていた大天使ウリエルの顔が、死んだように青ざめる。




