第487話・大天使ウリエルの矜持
「――――全ては”魂の一杯”のためだ」
「…………」
空気が止まった。
坂本と久里浜が、同時に透を見る。
こういうことなんですが、どうしましょうという目。
透はエナジードリンクをもう一口飲み――――何事もなかったように言った。
「……ラーメン?」
「あぁ、正確には至高のラーメンだ」
即答。
しかも揺らぎが一切ない。
話自体は第4エリア攻略後に、坂本と久里浜から聞いていた。
しかしいざこう本人の口から聞くと、やはり冗談にしか聞こえない。
それを方便に、スパイ活動でもすると言われた方がよっぽど納得できる。
詳しく聞けば、東京湾大空戦での敗北後に東京へ不時着。
事情を知らなかったラーメン屋の店主に一飯の恩を預かり、命を助けられたとのこと。
「まさか、テオたちを連れてったあのラーメン屋に、お前まで行ってたとは…………」
数奇な運命に、なんとも言えない気分になる透。
「あぁ、その店主にお前たちも会ったことがあるのなら話は早い。感じなかったか? 妙に気が薄かったことを」
「そういえば、真島さんが言ってたな……。あの店はニューウェイブ系全盛期の時代には何店舗も暖簾分けした大繁盛店だったって」
透の言葉に、椅子に座った久里浜が前のめりになる。
「今は違うんですか?」
「あぁ、程なくしてラーメンは家系と濃厚魚介風つけ麵ブームへ。店主のお店は経営難に陥って……今じゃあの本店1個しか経営できてないらしい」
「テオドールちゃんを号泣させたほど美味しいラーメンだったんですよね? そんな流行り1つで廃れるものなんだ…………」
彼女の言葉に、ウリエルが返す。
「商業の世界を舐めるな、どんなに美味いラーメンを作ろうと……客が価値を見出さねば意味が無い。どうせこの世界の日本のことだ、飽食で美味い物には困ってないんだろう? だったらなおさら流行で民の好みは変わると見えるが」
この場の日本人3名は、あまりの解像度の高さに黙り込んでしまう。
まさか天界にここまでの分析力を持った敵がいたとは、恐ろしさの方が勝って仕方ない。
東京湾では執行者がフルアーマー化し、さらに自衛隊の全力を撃ち込んで撤退に追い込むのがやっとだった。
ある意味、同格の大天使ガブリエルよりも手ごわいかもしれない。
腕にはめた魔力封じのブレスレットも、いつ破られるか定かではなかった。
「とにかく、お前はその……魂の一杯で、店主さんを元気づけたいんだな?」
「そうだ、私はあの店主に恩を返したい。それが騎士として当然の行動だ」
「配信でテオが号泣したのは世界中に知れたんだし、今は繁盛してると思うんだけど」
「……本当にそれが救済になると思うか?」
神妙な顔で、ウリエルは続けた。
「一時の行列はただの祭りだ。ラーメンではない。客は話題を――――情報を食う。それがあの店主の望むものだとは思えんな」
翼を畳んだまま、真っすぐに透を見つめる。
「繁盛しても楽になるとは限らない。むしろ忙しさが増えて、店が潰れることもある。人は金だけで救われない。ましてあの男は、店を“誇り”で支えているのだろう。彼の飯を食べた私だからこそわかる。それはお前も同じのはずだ」
言葉が重い。
ラーメンの話のはずなのに、根っこが人間の話になっている。
どこまで解像度が高いんだ、この大天使は。
透はエナジードリンクを置き、顎を掻いた。
「……つまり、お前は金とか話題じゃなくて、店主が誇れる何かを返したい。そういうことだな?」
「そうだ」
即答。
全く揺らぎがない。
これが東京湾で壮絶な殺し合いをした相手だとは、依然信じられなかった。
坂本と久里浜も、うっかり口を挟めない空気になっている。
そして透は、短く言った。
「で?」
「……で、とは?」
「どう返すんだよ」
透が真顔で問う。
待ってましたと言わんばかりに、ウリエルは胸を張った。
「魂の一杯を作る」
「……お前、料理できんの?」
「さぁな、キッチンに立ったことは無い」
「できねーじゃねぇか」
坂本が反射でツッコむ。
久里浜が続けて頭を抱えた。
「待って待って待って。できないのに、魂の一杯って何!? 精神論!? 天界の精神論なの!?」
「精神論ではない。騎士の自信だ」
「一緒!!!」
だがウダウダ言っても仕方ない。
せっかく敵の一大戦力を引き込めるチャンス。
ここの選択肢は1つだった。
「じゃあとりあえず、食堂でキッチン借りるか……」
「マジで言ってんすか隊長!?」
「このまま帰すのも可哀そうだろ、危険を冒してこっちをある程度信頼してなきゃ、わざわざ基地になんか来ない。筋は通すぞ。まずは袋ラーメンでも良いから一杯作る」
――――天界クッキング、開始。




