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第485話・最高の戦友

 

 後日――――練馬駐屯地。


 夕方の営内は、今日の坂本にとって落ち着かない。

 訓練が終わった隊員たちが汗の匂いを引きずったまま歩き回り、売店の前では鞄を抱えた連中が小声で騒いでいる。


 そんな中。


 坂本慎也は、1人だけ妙に重い顔で立ち尽くしていた。

 理由は分かっている。

 演習の最後、透と並んで走り抜けたあの瞬間。


 ――――隊長と一緒に戦えば、必ず生き残れる。


 口を滑らせたつもりはない。

 むしろあの時の本音だった。

 だが同時に。


「…………」


 透に向けてきた自分の態度が、頭の中で何度も反芻(はんすう)される。

 皮肉、疑い、嫌味。

 全部が全部、今思えば大変失礼な話だった。


 なのに透本人は、仕返しどころか嫌な顔1つしていない。

 それが今になって、喉の奥に刺さって抜けなかった。


「……」


 無言で向かうのは食堂。

 もしかしたら、ちょうど会えるかもしれない。

 坂本は食堂の前で立ち止まり、扉の取っ手に手をかけた。


 ――――ガチャ――――


 開けた瞬間、熱気と料理の匂いが襲ってくる。

 味噌汁の出汁、揚げ物の油、米の甘い匂い。


 そして、その中央。


「いた……」


 トレーを持った透が、いつも通りの顔で立っていた。

 あんな神懸かった指揮を見せたのに、あまりにもいつも通りで……坂本は一瞬だけ拍子抜けした。


「……隊長」


 声を掛けると、透が振り向く。


「ん? 坂本じゃん。どうした?」


 軽い。

 軽すぎる。

 坂本の胸の中に溜まっていた重さが、浮いていくようで逆に怖い。


「隊長……飯、いっしょに食いませんか? あと…………先日は大変失礼しました」


 深く頭を下げる。

 言ってしまった。

 逃げ道もない。


 だが透はまばたきし、次に見せたのはいつもの笑顔。


「おう! 別にいいよ。気にしてない」


 安堵。

 ただひたすら、坂本は心の底から安堵した。


「……ありがとうございます、ホント……すみませんでした」


「いいって。ほら、席取ろうぜ」


 透は何事もなかったように歩き出す。

 坂本は、その背中に付いていった。


 食堂の隅、壁際の席。

 騒がしい中央から少し離れていて、どこか落ち着く場所だ。

 透がトレーを置き、箸を取る。


 メニューはいつも通り。

 唐揚げ、ポテサラ、味噌汁、白米。


 坂本の方も同じ。

 結局、カロリー重視な自衛隊の飯は大体こうなる。

 空挺や体育教官なら、小皿やデザートも付くのだが。


「……隊長」


「ん?」


 坂本は箸を持ったまま、言葉を探した。

 探して、探して――――これがなかなか見つからない。

 代わりに出たのは、当時の疑問だった。


「なんで、あの時……カラースモークなんて持ってたんすか?」


 透が唐揚げを口に入れ、もぐもぐと咀嚼しながら言う。


「んー……なんとなく」


「なんとなく!?」


「うん。なんとなく」


 あっけらかん。

 坂本は頭を抱えそうになる。


「いや、でも……あれで16式を釣って、砲撃誘導って……。普通、思いついてもやらないというか……」


「うん、だから持ってた」


「答えになってないっすよ……」


 からかうように透が笑う。


「坂本さ。お前、頭で考えてから戦うタイプだろ」


「……まぁ、そうっすね。マークスマンってそうじゃないです?」


「俺は身体が先に動くタイプ、ここだと思ったら躊躇しない」


 透が味噌汁を一口飲み、短く言う。


「だから荷物も、時々意味分からんのが混ざるんだよね。あえて言うなら――――”直観”かな」


「雑すぎる……」


 透のニヒルな笑みに、こっちも笑いが零れる。

 坂本は米を一口食べた。


「僕、隊長のこと……正直舐めてたっす」


「へぇ」


「あの演習でも、最初は運良いだけだろって思ってました。指示は定石外れ、直感頼りだし……」


「まっ、運が良いは否定しないかな」


「そこ肯定するんすか」


 透が肩をすくめる。


「5割直観、5割知識。幹部学校時代は結構頑張って勉強したんだぜ?」


 坂本は苦笑した。

 この男、本当に人たらしが過ぎる。

 女性がこの魔性の手に引っかからないことを、祈るばかりだ。


「坂本」


「はい」


 透は箸を片手に、ニッと笑った。


「これからも一緒に、ついて来てくれるか?」


 心の鬱屈した感情が薙ぎ払われる。

 この瞬間、坂本慎也の生きる目的が更新された。

 自衛官としての矜持に懸けて、この上官を支えていこうと。


「はい、地球の裏だろうが異世界だろうが、必ず付いて行きます」


「ははっ、頼もしいな。よろしく――――坂本」


 ◇


「ふーん、アンタそこから新海隊長と仲良くなったんだ。最初から意気投合じゃなかったのは意外ね」


 ――――現代、男子共同部屋。


 チョコを齧りながら、久里浜はオフィスチェアの背もたれに体重を預けていた。

 華奢な身体が、ユラユラと揺れる。


「過去の自分が今でも恥ずかしいよ、まぁでもこんな感じ」


「人に歴史アリねー、面白かったわ」


「暇つぶしにはなったろ、ちょうど――――」


 部屋の中心部に、光が集まっていく。


「約束の時間だ」


やっとこのお話を書けました。

ここを踏まえて初期の坂本を見ていただくと、彼の言動がこの出来事から常に一貫していることがわかると思います。

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― 新着の感想 ―
東郷平八郎元帥の話を出してる人が居るけど、彼も新海三尉と同じような存在だったのでは?と思ってしまう。 大きな隙を作る、普通なら成立しないT字戦法採用したら敵艦隊の乗員が食中毒の影響でそれを成立させたな…
これが所謂「脳を焼かれた」ってやつか。ウェルダンどころか黒こげだわー 光ってことは転移?ふぇかはぇか
無駄に謙遜するわけでもなく、坂本に舐められてた事も深く突っ込まず、それでいて「付いてくれるか?」なんて言われたら応えない訳にはいかないなw
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