第479話・2人の覚悟
「衿華…………!?」
「…………ッ!」
透と四条陸将は、突然入ってきた娘に驚きを隠さない。
なにを隠そう、上からの命令で射撃場にて彼女は待機を命じられていたからだ。
無論、それも陸将の工作だった。
「…………なぜお前がここにいる」
「さぁ? パパが私を透から離すよう細工してたなんて知ってたもの…………ゼェッ。射撃場からここまで走ってきただけよ……」
「射撃場からここまで20キロはあるぞ……一度も休まず走ってきたのか?」
「ハァッ……っ、おえっ……。関係ないわ、パパが透に詰め寄るなんて、娘のわたしが一番知ってるから」
そこまで言って、扉を閉める。
いくら自衛官と言っても、20キロを短距離走のペースで走りきるなど不可能。
四条衿華という人間が見せた、まさに底力だった。
「もうこんなくだらない問答はやめて、パパなら透がどんな人間かなんてもう分かってるでしょ?」
「…………」
「透はわたしが選んだ世界で一番カッコいい人、これは誰にも否定できないしさせない! いくらパパでも、交際を認めないって言うなら――――」
そこまで言って一度息を吸った衿華は、ガンギマリの覚悟と共に言い放つ。
「自衛隊も何もかも辞めて、透と一緒に2人で逃げるから」
「…………ッ!!」
衿華と透の思考は、恐ろしく一致していた。
互いが互いのためなら、国や使命や英雄なんてしがらみ関係ない。
それぞれが娘として大切に扱う執行者にだけ事情を話し、どんな道だって選ぶだろう。
またそれが親でありマスターでもある2人の決断ならば、娘であり眷属であるテオドールやベルセリオンは決して否定しない。
答えは問うまでもないのだ、最初から決まっていた。
そのことを十分に理解した上で、四条陸将は数秒間だけ目を瞑って……。
「……昔から、自分で決めたことは決して譲らなかったな。衿華」
「えぇ、それがわたしの矜持だもの」
黒目を今一度、透へ向けた。
それは、さっきまでの覇気を纏ったものではない。
「会う前から……、こうなることはなんとなくわかっていた。歳は取ったが勘は鈍っていないからな。新海3尉」
「………はい」
返事をした透に対し、陸将の行動は早かった。
両膝に手をつき、その頭を思い切り下げた。
「俺の最愛の娘を…………ッ、よろしく頼むッ」
「「…………!!」」
魂と想いのこもった言葉。
背筋を正した透は、即答する。
「はい!」
ここに、最大の戦いの決着はついた。
透と衿華のお付き合いはとうとう正式なものとなり、その日――――ユグドラシル駐屯地はお祭り騒ぎになった。
まさか誰もこんな展開になるとは思っていなかったので、葬式ムードだった自衛官たちも全員が祝福。
特に、2人の娘は特別大きな反応を見せた。
「ほえぇ、あなたが四条のお父さんですか?」
「怖いって聞いてたけど、温和な雰囲気じゃない」
執行者テオドールとベルセリオン。
彼女らに初めて会った陸将は、早速挨拶。
「娘たちがお世話になってるね、日本にはもう住み慣れたかい?」
「はい! 四条も透も、ここの自衛官たちはみんな良い方々です!」
「そうね、わたしたちこそいつも感謝してるわ」
陸将にとっては今や孫同然の存在。
優しく頭を撫でてから、”ある人物”の元へ歩いていく。
「久しぶりだな、秋山」
「あー……ッ、お久しぶりです」
かつての恩師との再会に、どこか当惑する秋山。
決して円満な別れ方ではなかったがゆえに、彼女には未だ罪悪感があった。
普段のダウナーな雰囲気で隠しているが、四条陸将は特に顔色を変えず。
「いつまでも気負うんじゃないぞ、お前は正しい選択をした。自衛隊だけが人生じゃないからな」
「ッ……!!」
「真島にも今度言っておいてくれ、俺はもう本土に帰らねばならん。統幕の説教が待ってるからな」
そう言って出口へ向かう四条陸将へ、秋山は言葉を返さない。
代わりに、最大限の敬意と感謝を込めてお辞儀をした。
「秋山、泣いてる?」
「…………ッ、大丈夫だよーベルちゃん。お菓子作ってるから一緒に食べよっか」
「お菓子!? 食べる食べる!!」
四条陸将の去り際、透と衿華はヘリポートまで見送った。
東京湾上空の風に吹かれながら、陸将は2人に別れの言葉を贈る。
「何かあったらいつでも俺に言うんだぞ、すぐに助ける」
「はい!」
その頼りがいしかない言葉を残して、四条陸将はヘリで本土に帰っていった。
波乱だらけだった陸将の訪問だったが、晴れて正式なお許しがもらえた。
2人きりになった空間で、衿華はおもむろに透へくっついた。
それを受けて、透も無言で肩を寄せ合う。
見下ろす先の日本本土は、まだ平穏には遠い。
自分たちの肩に、あの巨大な国家全ての重みが乗っているのだ。
「配信、改めてちゃんとするべきだよな……」
「そうね、前のは臨時だったし。国民にはお知らせしないと」
「ははっ、もう普通の自衛官の域はとっくに出ちまってるな。迂闊に外歩けねーや」
2人のカップルはしばらくそこで立っていた。
今はただ、この幸せを噛み締めたいから……。
◇
「ふーん、ここがアンタの部屋ね。ちゃんと片付いてるじゃない」
「当たり前だろ、隊長との共同部屋だぞ。散らかすような真似はしねーよ」
坂本と久里浜は、男子寮側の部屋に来ていた。
目的は、ただ1つ――――




