第457話・錠前「ちょっと高かったんだけど、これは良い品物だよー」
「さて、サッサと終わらせるわよ」
もう彼女は、狂犬(愛玩動物)ではない。
日本でも屈指の練度……おそらくCQB戦闘においては、あの現代最強――――錠前勉に限りなく近い傑物へと成長していた。
そんな彼女へ、他でもない錠前勉はある物を与えていた。
「慎也、数と手口はわかった?」
「目測だけど相手は5体、距離60メートル。魔法の弾速は電動ガンの初速ほどかな」
「オッケー、じゃあ”アレ”使ってサッサと片付けましょう。1分稼いで」
闇の中で、久里浜が何かを取り出し始める。
坂本もだんだんと目が慣れてきたが、やはりスコープが使えない不利は大きい。
ならばと、彼は1分稼ぐため床に伏せた。
「魔法が当たったら俺死ぬかもだから、巻きでよろしく」
「了解、慌てず急ぐ」
返事を受け取ると同時に、坂本がバイポッドで立てた64式をリズミカルに連射し始めた。
見えている訳ではない。
久里浜に相手の意識が向かないようにする、いわば制圧射撃だった。
「あと30秒っ」
連射が続く。
マズルフラッシュで姿が見えることを狙ったが、なぜか相手の姿は全く見えない。
「まいったな、透明化魔法かよ」
答えはすぐにわかった。
相手はなんらかの誓約――――おそらく探知能力の限定化と引き換えに、完全な透明化を行っている。
この狭い通路を閃光で照らしても全く見えないということが、確実な証左だった。
「いっつ!!」
それは突然だった。
飛んできた数本の電気の矢が、坂本の肩とヘルメットに直撃したのだ。
頭部はヘルメットが致命傷を防いでくれたものの、出血と脳震盪を。
肩にいたっては完全に貫通しており、真っ赤な鮮血が迷彩服を濡らした。
激烈な痛みが襲うが、坂本は前髪に隠れた眼を決して閉じない。
「やれ!! 千華!!!」
64式が弾切れを起こし、再び暗闇が通路を覆う。
「コォオッ…………」
2人から100メートル離れた通路の上に、5体のローブを纏ったゴブリンが浮かんでいた。
”準1級神獣”『ゴブリン・メイジ』。
透明化で一方的な優勢を取っていたのは、このモンスターたちだ。
彼らは静寂が再び訪れたことを確認すると、さっき銃火で照らされた2人の自衛官へ杖を向けた。
勝負は5秒後に決まる。
トドメの魔法が放たれようとした時――――
――――パシュッ――――
「カッ…………!!?」
飛翔してきた5.56ミリM855A1弾薬は、超音速でゴブリン・メイジの内1体を貫いた。
正確に急所を撃ちぬいており、ダブルタップでアッサリ葬られる。
「やっぱり、姿は消せても”体温”までは消せないわね」
この1分で、久里浜の持つHK416A5は変貌していた。
いつもならコンパクトなホロサイトが乗っていた場所に、ずんぐりとしたスコープが設置されている。
米国製の1個数百万円はくだらない――――”FLIR”だ。
さらには発砲時のマズルフラッシュを9割以上カットする、消音器まで銃口に装着されていた。
今、久里浜の視界にはハッキリと敵の姿が見えていた。
「ぶちかませ」
肩を抑えながら呟いた坂本の言葉を合図に、久里浜は躊躇なくトリガーを引く。
「カッ!?」
「アッ!」
仕留め損ないが無いよう、ダブルタップで正確に撃ち抜いていく。
たった10秒で、通路に展開していたゴブリン・メイジは結晶化してしまった。
敵が全滅したことを確認すると、久里浜はHK416A5に付いたフラッシュライトを点灯する。
1000ルーメンの強烈な光は、立ち上がった血だらけの坂本の姿を映した。
「初被弾おめでと、おかげで助かったわ」
「1発でも外してたらしょうちしなかったよ……」
「立ってるの辛いでしょ? そこ座って、すぐ治療する」
傷は浅い、ベルセリオンと合流すれば彼女の治癒魔法で全快できるので、繋ぎの止血と消毒だけすれば良い。
だが、久里浜の狂犬としての嗅覚は新たな危機を察知した。
「うおっ!?」
行動は最速だった。
座ろうとしていた坂本を、久里浜が全力で押しのけたのだ。
直後、彼女は銃を構えようとするが――――
「あぐッ!?」
通路の奥から音速で飛んできた光の鞭が、彼女の腹部に致命的な強打を与えた。
中の防弾アーマーが砕け散り、衝撃が体内で跳ね回る。
「げぼっ…………!」
膝をついた久里浜は、口から思わず嘔吐してしまう。
血混じりの胃液が、石畳に染み込んだ。
「千華!!!」
起き上がった坂本が、すぐさま倒れかけた久里浜を支えた。
すると、通路の消えていた松明が一斉に灯る。
「負傷した仲間を庇い、自らが致命傷を負う……か。やはりこの世界の日本人は立派だな。エンデュミオンや他の世界の日本人とは全然違う」
坂本の前髪で隠れた眼は、殺意をもってその声に向けられた。
「やはり、私の見立ては間違っていなかったと見えるな」
通路から現れたのは、金髪と背中から生えた翼、顔以外の全身を覆う鎧で固めた――――”大天使ウリエル”だった。




