第45話・動画投稿者の地獄の時間
––––タワー攻略作戦から2日後、ダンジョン内 ユグドラシル駐屯地。
「うーっ、ムーっ!!」
可愛い唸り声が響いていた。
女子寮の中にある四条と久里浜の部屋で、長い茶髪を掻きむしりながら久里浜は頭を抱える。
「編集作業って何でこんなに面倒くさいの!? 字幕付けるだけで既に5時間とかおかしいでしょ! しかもまだ一言語目よ!?」
そう、派手で激しい戦闘を終えた後は––––地味で地獄の編集作業が待っていたのだ。
基本的なクリップカットや、演出などは既に四条が終えていたのだが……。
「そうは言っても、字幕付けに志願したのは千華ちゃん自身ですし……。わたしはヨーロッパやイスラム圏の言葉って、全然知りませんので」
「うぅ……っ、撤回。撤回よぉ……。動画編集作業がこんなに面倒くさいなんて知らなかったのよぉ……」
半泣きでキーボードを叩く久里浜に、先輩の四条は優しく微笑んだ。
「目標はあと1時間でドイツ語字幕を終わらせて、次にフランス語字幕……。英語含めた編集作業は昨日わたしが昼に完了しているので、まぁ……最悪明日の午前5時までにイタリア語が終われば良いですかね」
青ざめながら久里浜が振り向く。
「おっ、鬼……? 虐待です。先輩はこんなに可愛い後輩を殺す気なんですか……?」
「まさか、これでも結構妥協しているんですよ? 錠前1佐から明日の午前7時にはアップしたいという要望があるので、イスラム圏は今回見送ります」
「それでもおかしい!! 作業量が女子に集中し過ぎよ! 男子連中にも手伝わせましょうよ!」
「新海3尉は破損した備品の始末書作業、坂本3曹もそっちのお手伝いで掛かりっきりです。多分、濃いエナジードリンクを2人してガブ飲みしながら地獄の作業でしょうね」
つい想像して吐き気がした。
あの小隊長は、飄々としているようでキッチリ仕事を適材適所で振り分けていたのだ。
全体的に見れば、隊の中では久里浜が一番優しい作業にされていると言っても良い。
その事実を知った彼女は、文句をとりあえずやめて––––
「四条せんぱぁい、もう文句言わないんでせめて10分休憩ください。このままじゃわたし、キーボードクラッシャーになりそうです」
「キボクラって、また随分古いネタを……、まぁ良いでしょう。10分だけですよ」
「やったぁ!!」
机を離れ、ベッドに飛び込む久里浜。
もう既にお風呂は済ませているので、白地のシャツにジャージのショートパンツというラフな格好だ。
色白で細い手足をウンと伸ばし、満面の笑みを見せる。
まぁ、そのせいで余計に学生っぽく見えてしまうのだが。
「ねぇ先輩、結局あのラビリンス・タワー。蒼髪の子がクリアできない設定って言ってましたけど……どうするんです?」
「え、普通にクリアするつもりですけど」
「やっぱり……、具体的には?」
「無人機で屋上の様子は偵察したので、対戦車ミサイルを使って上部を破壊、後は輸送ヘリコプターで普通科が乗り込む算段です」
「まぁ……そうなるわよね」
あのベルセリオンという少女、何がどうなってるのかは知らないが、今になってもこちらの戦力をあまり理解できていないようだった。
現に、東京へ放たれたワイバーンは1時間も経たずに殲滅された。
余談だが、飛行害獣の出現を受けて、昨日からダンジョン内部に地対空ミサイルが物凄い量搬入されている。
あまり知られていない事実だが、陸上自衛隊は西側陸軍の中ではイレギュラーなほど対空防御に力を入れた組織だ。
あの米軍やNATO軍ですら、陸軍部隊の対空兵装はせいぜいが短距離ミサイル数セット。
理由としては、空軍に任せれば良いから。
しかし、陸上自衛隊は基本的に空自がいない前提で動く。
なので、巡航ミサイルを落とせる中SAM多数に多目的ミサイル多数、車載型対空ミサイル多数に歩兵携行型対空ミサイル多数。
さらには自走対空機関砲、装甲車には対空用重機関銃が据えられるという極めっぷり。
それもこれも、旧陸軍の古いトラウマが原因だと言われているが……詳細は不明である。
《消灯10分前––––》
アナウンスが響く。
時刻は夜10時前、自衛隊ではこれより先の時間に起きていると当直に怒られる。
つまり––––
「すみません先輩〜、頑張ったんですけどタイムオーバーみたいです。だから編集は明日やりましょう、じゃないとお説教されちゃいますよ」
久里浜の狙いはこれだった。
消灯時間になれば、無理矢理でも作業を中断できる。
勝ちを確信し、部屋の明かりを消そうとした久里浜は––––
「ひっ」
スイッチに伸びた手を掴まれた。
耳元で、四条が妖艶につぶやく。
「安心してください千華ちゃん、新海3尉と錠前1佐に頼んで遠灯許可は貰ってますよ。さぁ……」
無理矢理引っ張られ、小さな身体を椅子に座らされる。
「続きを入力して行きましょうか、第1特務小隊に––––安眠など今日はありませんから」
ヒクヒクと、目尻に涙を浮かべた久里浜のキーボードタップ音が、静かな部屋に鳴り続けた。
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