第438話・特級の本領
半壊した自衛隊中央病院内で、特戦第1中隊は事後処理へ移ろうとしていた。
人型の手強い相手だったが、アサシンとアーチャーの連携により事なきを得たと言って良い。
ナイフをしまいながら、アサシンは勝ちを確信する。
「特級くん、手ごわかったけどこんなもんか」
「被害がこれだけで済んで助かったよ、確かに拍子抜けだったが……自爆前に仕留められて良かった」
「まぁ俺が強すぎたんやろか、やっぱ錠前さんの隣に立つならこれくらいはやらんとな」
そう言って、ゴアマンティスが埋まっている瓦礫に近づく。
倒せているなら、結晶化なりしているはずだ。
もう脅威は無い、みんなが確信していた時だ。
――――ゾッ――――!!!
「「「「ッ!!?」」」」
その場の特戦隊員たちは、全員が生存本能に直接訴えかけるような”畏怖”を感じた。
いや、強制的に体感させられた。
極限まで訓練を積んだ猛者たちの行動は、刹那の内に行われる。
「撃てェッ!!!!」
その場の6人余りが、持っていた銃を瓦礫の山の中に潜む”何か”へフルオートで発砲。
凄まじい弾幕に加え、別の隊員がアンダーバレル・グレネードを装填。
連続で4発の擲弾を、手当たり次第に撃ち込んだ。
耳が壊れそうな爆音の雨がピタリと止む…………。
素早くマガジンを交換して、様子を見る。
ここで、アサシンはつい……”禁句”を口走ってしまった。
「……やったか?」
それが合図かのように、瓦礫の山が弾け飛んだ。
全員が破片の直撃を避けるため、瞬時に伏せへ移行。
アーチャーが叫んだ。
「アサシン!! その言葉はやめろと錠前1佐に言われてただろ!!!」
「マジごめん!! て、敵はどうなった?」
煙の中から、徐々に敵のシルエットが浮かび上がってくる。
それは、さっきまで自分たちが相手していた神獣とは、まるで別物だった。
「ゴアアァァァァァァアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!」
ビリビリと、全身の神経に電流が走るかのような咆哮。
屋上をぶち破り、巨大化したゴアマンティスはさらなる進化を遂げていた。
腰から下は足ではなく肉の根で覆われており、全高にすればマンション10階建てに相当する巨躯。
これこそが、特級神獣ゴアマンティスの”真の姿”だった。
「アーチャーよりルーラー!! 作戦失敗!! 大至急増援を要請する!!」
もはや自分たちの手に余ると即断し、無線を起動。
背後では、アサシンを含めた隊員たちが銃を撃ちまくっている。
『こちらルーラー、了解した。ホールディング・エリアにて待機していた中即連、および木更津の対戦ヘリを向かわせる! 作戦のフェーズ1は放棄、フェーズ2へ移行せよ』
「了解!!」
無線を閉じ、化け物の恐ろしい声が響く中で、アーチャーが叫んだ。
「すぐに増援が来る!! 事前のブリーフィング通りフェーズ2へ移行する!!」
「セイバーのとっておきでなんとかならんか!? まだチャンスは――――」
「ダメだ!! ”アレ”はまだ試作……しかも1発限りの秘密兵器だ。このサイズの敵に効くかもわからん!!」
「くっそ……!! 勝ちを確信した瞬間が一番危ないって、錠前さんにいつも言われとったのに……! しょうがない、エクシリアの部屋に行くぞ!!!」
階段を登って2階へ。
幸いにも、まだ生きている通路はあった。
しかし、それも時間の問題だろう。
「フェーズ2って、中即連と木更津のヘリ呼んだんかいな!?」
「そうだ、あと数分経てば俺たちの撤退如何に関わらず、対戦車ミサイルが撃ちこまれる」
「じゃあ、俺らの任務は病室で寝てるエクシリアを抱えて脱出に変更か。もし、もしもやで…………」
走りながらアサシンは、糸目を向けた。
「万一コブラのTOWが効かんかったら……、どないすんねや?」
彼の問いに、アーチャーは冷静に返した。
「……ついさっき、百里基地から爆装したF-2が上がった。意味はわかるな?」
「もうええ! 十分や!!」
言い終わると同時、背後の通路から雄叫びがこだました。
振り返れば、暗闇の奥から肉の根が高速で迫って来ていた。
「くそ! アイツ、この病院ごと俺らを飲み込むつもりか!!」
MP7A2サブマシンガン、M107対物ライフルを発砲するが、根は無尽蔵に襲って来た。
どうやら物理攻撃無効は解除されているものの、引き換えにその他全てのパラメータが大幅に上がっている。
あと10分も放置すれば、ゴアマンティスによって周囲1ブロックは丸ごと飲み込まれるだろう。
しかも、あの肉の根はただの有機物ではなさそうだった。
壁や床はもちろん、足止めのため予めキャスターが設置していたクレイモア地雷すら、”浸食”を受けている。
根に触れた物質は、問答無用でゴアマンティスの養分となるようだ。
「気を付けろ!! あの根に触れたら一発で終わりだぞ!!!」
「わかっとるわ!! キャスター!! 指定位置まで来た! ぶっ飛ばせ!!!」
遠隔で監視していたキャスターも、既に事態を把握。
出し惜しみは無しだと即断し、”全て”のC4爆薬を点火した。
キノコ雲ができるほどの爆発が、ゴアマンティスの根を吹っ飛ばした。
この攻撃で、自衛隊中央病院は3分の2が崩壊。
エクシリアが眠る棟を残すのみとなった。
「部屋に飛び込め!! 今ので5分は稼げたはずだ! すぐに執行者を運び出すぞ!!」
「確認やが彼女瀕死なんやろ!? こんな急に生命維持装置外してええんか!?」
「ダメに決まってるが他に手は無い!! 特級が立て直す前に逃げるぞ!!」
もはや歩兵でどうこうなる次元ではない。
部屋に駆け込んだ2人は、屋上から懸垂降下してきたキャスター、およびセイバーと合流。
ベッドで静かに眠るエクシリアに繋がれた生命維持装置を、大急ぎで引き抜き始める。
――――爆撃開始まで、あと4分。