第436話・喜んで出撃するぞ
――――警視庁。
その報せは、深夜の1時に入った。
「はぁ~、執行者ちゃんたち可愛いなぁ。また一緒にご飯食べたいなぁー」
薄暗い部屋の中、デスクでスマホを見つめながらそう呟いたのは、公安外事課第3係の氷見玲奈。
彼女は以前の東京観光で、執行者の食い倒れツアーに同行した人間。
初期からの大ファンであり、隙を見つけてはアーカイブを眺めていた。
彼女のスマホの待ち受けは、当然一緒に取った記念写真。
異世界美少女たちにすっかり脳を焼かれた彼女は、スマホをフリックした。
「今日は真島係長いないし、書類は……ちょっと休んでアーカイブ見まくっちゃうかぁ!」
「誰がいないって?」
「うひゃああ!!?」
椅子から転げ落ちる氷見。
体と床の激突音が、暗い部屋にこだました。
「オーバー過ぎんだろ、リアクション芸人でも目指してんのか?」
「まっ、真島係長…………!! いきなり背後に立たないでくださいよ! ただでさえ普段怖いんだから!」
「失礼な、一応何度も声は掛けたぞ。お前が執行者ちゃんたちに脳を焼かれて気づかんかっただけだ」
「くぅっ…………」
スマホをしまう氷見。
サボりはバレたが、言及されたくなかったので話題を変えた。
「次に執行者ちゃんたちが来るの、いつになりますかねー」
「あぁ、待ち遠しくて次に巡る名店スポットとパンフレットをもうこしらえちまった」
「気が早すぎません?」
「今日の配信では異世界産のロブスターを食ってたな、フフッ……俺ならテルミドールにしていただくが」
相変わらずの食へのこだわり。
あんまりこの男に付き合わせると、執行者の舌が本当に肥えるんじゃないかと心配になった。
「おっと、電話だ」
スマホではなく、秘匿回線の衛星携帯を取り出す。
電話に出て、耳に入った声を聞いてから真島は顔をしかめた。
『やほー雄二、久しぶりー』
陽気に電話口でそう言ったのは、現代最強の自衛官――――錠前勉だった。
「間違い電話だ、掛けなおしてくれ」
『そんな冷たい事言うなよー、共に青い青春を駆け抜けた仲じゃん。親友のよしみでお願いがあるんだよー』
「俺に何か頼み事があるなら、それ相応の見返りを用意するんだな勉。お役所は一自衛官の頼みじゃ本来動かねえんだよ」
正論で突っぱねる。
もっとも、よほどの条件でもない限り呑む気はない。
今日は氷見をしょっぴいた後に、帰って寝る予定なのだ。
錠前には悪いが、公安はパシリではない。
厳正厳格な、警視庁の実行部隊なのだ。
『そう、じゃあ執行者ちゃんたちの観光は今度から“別の付添人”に頼むよ。切るね』
「待て勉、なんでも言ってくれ。裁量が許す範囲ならなんでもやるぞ! 言ってみろ」
思わず目頭を抑える氷見。
この強面公安、完全に弱点を掴まれているようだ。
まぁ、相手が相手。
真島雄二がこの世で唯一手を焼く相手こそ、錠前勉という男なのだ。
『そんじゃ1つお願い、ウチの新海は知ってるでしょ?』
「……もちろん、彼は良い自衛官だが、見てると学生時代に負けた”アイツ”を思い出して微妙な気分になる」
『その新海が、直感でウチの防衛大臣に危険が迫ってるって言ってるんだよ』
この言葉に、真島はすぐさま異議を唱えた。
「おい待て、新海透の危機察知能力は自分に迫った危険専用だろ。他人の危険まで察知できるようになったのか?」
『これは憶測だけど……新海は今も進化してる、もうとっくにアイツなんか超えてるんだよ。信頼できると思うんだ』
「直感でお役所が動くのもどうかと思うがな、まぁいい。何をすれば良い?」
『さすが雄二、話が早い。じゃあ早速車で行って来てもらいたい場所がある』
◇
「ってなわけだ、納得してくれたかい?」
道路のド真ん中で、真島は涼しい顔をしながら経緯を説明。
特級宝具『フェニキア』を構えながら、大天使サリエルは笑みを浮かべた。
「なるほど、林少佐が警戒してたのもうなずける。でも良いの? 生身の人間が、大天使である僕に本気でかなうと思ってるわけ?」
この言葉に、真島は筋肉を膨張させることで答えた。
「おいおい、俺を誰だと思ってる」
一歩前に踏み出しながら、真島は手をゴキゴキと鳴らす。
「お前らが最も警戒してる錠前勉、結果はアレだったが4年も同期だったんだぜ?」
彼――――真島雄二の近接戦闘能力は、”錠前勉と同等”である。