第432話・魔力結晶の使い方
真っ暗な通路を走りながら、アサシンはMP7A2のマガジンを交換していた。
新しく差し込むと、ボルトを前進させて初弾を送り込む。
「お前、本当に命知らずだな。その煽り癖は関西で身に付けたのか?」
隣を走るアーチャーの言葉に、アサシンは冷静に返した。
「ああいう不死身っぽい化け物に、教範通りのやり方じゃ通じんからな。こっちもそれなりにリスクは冒さんと」
「…………」
ふと、アーチャーは数か月前のことを思い出した。
それはユグドラシル駐屯地に初めて行った時のこと。
当時”特戦の狂犬”と呼ばれていた久里浜千華が、新米自衛官である新海透に模擬戦で敗北した。
敗因は、”イレギュラーへの対処”を誤ったがゆえ。
透の奇天烈な発想に出し抜かれた久里浜は、銃口を口内へ突っ込まれた挙句にガッツリ泣かされた。
見かねた城崎群長は、そのまま彼女をダンジョン勤務にさせたのだ。
特殊作戦群に必要とされるのは、まさしくこういった思考だった。
もし最初からアサシンが関東にいたら、久里浜のダンジョン派遣は無かったかもしれない。
それほどまでに、”錠前直伝”の訓練効果は高かった。
「なるほど、それでワザとあんな煽りをしたのか。てっきり1佐の真似事かと思ったぞ」
「それも多少あるけどな、機関銃で弾幕張るよりかは。こうして鬼ごっこに誘った方が遥かに時間稼げるやろ」
背後から、恐ろしいほどの殺意が追いかけてくる。
どうやら、目論見通りに挑発へ乗ったようだ。
「来るぞ!! お前らは先に行け!」
部下を先行させる。
真っ暗な通路の奥からは、何本もの太い触手が伸びてきていた。
それもただの触手ではない、それぞれが狂暴な牙を備えた一種の暴獣だ。
「頼んだでアーチャー、外したら錠前さんのマジ腹パンな」
「それはお前が中隊入ったばっかの時に食らったやつだろ」
言いながら発砲。
通常、CQB戦闘において対物ライフルは邪魔以外の何物でもない。
しかしアーチャーは、錠前の特訓によって閉所でもこの長物を、まるでサブマシンガンかのように扱えるよう仕込まれていた。
――――ダンダンダンッッ――――!!!!
セミオートで爆音を鳴らす。
音速を超えて飛翔した12.7ミリAP弾は、その全てが触手の口内へ命中。
5本全てを、一瞬の内に肉塊へと変えてしまった。
「錠前1佐に閉所でも得物を振り回せるよう言いつけられていたが、やはりあの方の言葉は正しかったな」
また走りながらマガジンを交換。
耳元の無線を繋げた。
「キャスター! 準備はできたか!?」
『一応できたが、良いのか? やっちまったらこの病院は全損だぞ』
「もしヤツが韓国でやった熱核兵器級の自爆をやったら、被害は東京全域に及ぶ! 群長からはそうなる前に仕留めろとの命令だ!」
『わかった、爆弾魔相手なら任せろ。あと都民第一だな、了解!』
それだけ言って、通信が切られる。
「ほんまにええんかアーチャー? アイツ、爆弾で敵を殺傷することに愉悦を見出す変態やで? 下手したら俺らも巻き込まれるぞ」
「お前がさっき言ったろ、イレギュラーにマニュアル通りやっても意味は薄い。俺たちの目的はあくまで時間稼ぎ、屋上で待機している”セイバーのとっておき”が整うまでのな。使える手段は全て使う」
「せやったわ、ほな急ごか」
通路のあちこちに、素早くクレイモア地雷を設置。
不可視のレーザー検知仕様なので、ほぼ確実に当たるだろう。
階段の前まで来た2人は、先行させていた部下と合流。
T字になった通路の左右にそれぞれ分かれた。
「そういえばこれも聞いたで、前に新宿で久里浜士長がソロでスペツナズ相手に無双したらしいな。アホみたいな至近距離で」
「相応に痛い目には遭ったがな、それがどうした」
通路から、クレイモアの炸裂する音が響いてくる。
やはり、ボールベアリング式対人地雷ではまるで効果が無い。
リミットまであと10分……。
特級の予想外の耐久力に、どうしたものかと思った矢先――――
「ほな、俺も同じことするわ。それで錠前さんの隣に立つ近道ができるならな」
通路の中央、階段の正面に立ったアサシンが笑った。
「おい、見ただろあのガタイとパワー。特級とマトモに殴り合って勝てるのは1佐くらいなもんだぞ、ついに狂ったか?」
「狂ってないわアホ、誰も1人でやるとは言っとらん」
足音が近づいてくる。
考えている時間は無かった。
「アーチャーは院内をグルッと回ってアイツの背後取ってくれ、その間は俺が特級と遊んだるわ」
「勝算はあるのか?」
「……見た感じ、アイツに通常の物理攻撃は効かん。さっき至近距離でMP7当ててよくわかったわ。おそらくそれが特級と呼ばれる所以やろ」
「背後に回って……どうしろと?」
「これ、渡すわ」
1個のM107用マガジンを、アサシンはダンプポーチから取り出した。
中には弾薬が入っていたが、それは通常にあらず。
「技研が試作してた魔力結晶を弾頭にしたAP弾、通称”J5”。量産品が少しだけ届いてな、威力は第3エリアで四条2曹がエルフのロボットに撃って実証済みや。こいつならダメージになるやろ」
現在、魔力結晶を軍事に転用可能な数保有しているのは、日本とアメリカの2国のみ。
米国は手に入れるや速攻で量子力学、相対性理論を統合した”大統一理論”を一部完成。
その技術で、中国・ロシアを破滅へ追いやった新型EMPミサイルを開発した。
一方で日本は、地球の既存原理と合わせるのではなく、魔力粒子本来の性質を利用した兵器を着想。
新宿で披露した『簡易魔法結界』や、『魔力含有薬』。
そして今手元にある、『対魔法徹甲弾』がそれだ。
この2国の違いは、まさしくお国柄によるもの。
料理で例えるなら、素材を調理・加工し、全く別のものへ進化させる欧米式。
逆に素材本来の旨味を100%引き出し、テコ入れは最小限に留める日本式。
今回威力を発揮するのは、後者だ。
「……わかった、3分で敵の背後につく。持ちこたえろよ」
隊員と共に走り去っていくアーチャー。
ほぼ同じく、ゴアマンティスが闇から姿を現した。
「あのデカい武器の男がいないな」
「アイツなら小便しに行ったよ、さて…………」
MP7A2を構えたアサシンは、その糸目を向けた。
「ちょっと付きおうてくれや、兄ちゃん」
ゴアマンティスが床を蹴るのと、アサシンが発砲するのは同時だった。