第431話・特戦VS特級
自衛隊中央病院を戦場とした、執行者エクシリア防衛作戦が開始された。
特戦第1中隊は1階を第1の防衛ライン、彼女の眠る2階を最終防衛ラインに定めていた。
まずリーダーのアーチャーは、敵の能力を把握することが先決だと判断。
先行したアサシンと共に爆発の起きたエントランス付近に向かい、他の隊員と合流した。
ライフルが隙なく構えられる向こうで、黒煙が通路を遮っていた。
そんな中、全く緊張感の無い方言が響く。
「特級やっけ、さすがにこたえたんちゃう? ってかキャスターのヤツ、C4盛り過ぎやろ……なんも見えんがな」
MP7A2をいつでも構えられる姿勢で、ゆっくりと前に出るアサシン。
だが、答えはすぐに示された。
「……へぇ、やるやん」
黒煙からは、”無傷”のゴアマンティスが姿を現した。
その肥大化した筋肉には焦げ跡すら無く、顔には余裕が浮かんでいた。
「ッ……。さすがに特級、指向性を持たせたキャスターお得意の抹殺戦術も効果無しか……」
少しばかりの動揺を示すアーチャー。
彼が言った通り、キャスターは工作専門の第4小隊におけるトップの自衛官。
5階建てビルを4階建てにすると隊員から定評の技でさえ、ゴアマンティスには通じていないように見えた。
「ほう、俺が特級神獣だと知っているのか」
「「ッ!!」」
隊員たちが銃を構える。
いきなり口開いたゴアマンティスは、悠長な口調で続けた。
「ずいぶん派手な挨拶だったが、ただの爆発で俺を殺せるとは思わんことだ。……安心しろ、抵抗しなければエクシリア共々楽に死なせてやる」
報告書では、これまでエルフやワイバーンが人語を喋ると書かれていた。
だが、こんな見るからな化け物まで流暢に喋られると、いよいよファンタジー感が滲み出てくる。
対物ライフルのスコープに、ゴアマンティスの頭部を据えた瞬間だった。
「へぇ、君しゃべれるんやね」
なんのおくびも無く、感心した様子のアサシンが前に出た。
その糸目は飄々としているが、目の前の特級をしっかり見ている。
「人外と話すんは初めてやわ」
「会話が人間の特権だと思わんことだな、外れ世界線のヒューマノイドよ。いや……劣等種族日本人、貴様らの言語なぞ馬鹿でも理解できる」
「そら好都合やわ、じゃあこれ頼めるかな?」
言うやいなや、アサシンはマガジンポーチから一封の封筒を差し出した。
中には、ただ畳まれただけの白紙が入っている。
「なんだ? それは」
「なにって、”遺書”やけど?」
ゴアマンティスの血管が、僅かに動く。
巨大な体から焼けつくような熱が放たれ始めるが、アサシンは微塵も態度を変えない。
「日本語がわかるなら一筆したためて欲しいなとおもて。人外とはいえなんもわからんまま”殺される”のも可哀そうやし、何より錠前さんへの土産ができんからな。5分あげるから好きに書いてええで」
恐ろしくにこやかな笑顔で、ゴアマンティスに封筒を再び差し出す。
特級を前にして、この自信と余裕。
疑問、懐疑、疑念。
それらが湧くより先に、神獣の脳は1つの答えを出していた。
「そこまでして早死にしたいかッ!!!」
超高速で肉薄し、他の隊員が援護する暇も無くアサシンへ拳を振り下ろした。
床が砕け、衝撃波と破片がはじけ飛ぶ。
しかし――――
「あかんなぁ」
「ッ!!」
攻撃を向けられたアサシン本人は、ゴアマンティスの”背後”に立っていた。
――――避けた? いや、確実に捉えたはず。
「人の善意は素直に受け取るもんやで? 郷に入っては郷に従え、さもなくば日本に住む資格無し」
そう言いながら、アサシンが手に持っていたMP7A2をフルオートで発砲。
高速連射で放たれたAP弾は、背中をなぞるようにゴアマンティスを食い破った。
「グゥッ!!」
「って、前に錠前さんが言うてはったわ」
「ぬぅんッ!!!」
振り返りざまに裏拳を繰り出すが、衝撃波で周囲の壁が崩壊しただけ。
肝心のアサシンは、またも反対側へジャンプで回避していた。
「ほい」
空中で機動しながら、彼は装備していたフラッシュ・グレネードを手放した。
強烈な閃光が炸裂し、ゴアマンティスの視界を遮った。
「捕まえられるならやってみぃ。まっ、多分君には無理やろうけど」
視界が晴れると、アサシンとアーチャー。
他の特戦隊員は姿を消していた。
――――ありったけの手榴弾を残して。
――――ズドドドドォッ――――!!!
音速で飛んできた無数の破片を、即座に両腕でガード。
煙の中で、ゴアマンティスは般若のごとき形相を浮かべた。
「殺す…………ッ」
それだけ呟き、神獣は残っていた気配を追って走り出す。
向かった方角は、エクシリアの寝室と”真反対”だった。