第430話・特級神獣ゴアマンティス
――――東京都 世田谷区。
周辺基地の灯りに照らされるのは、”自衛隊中央病院”。
その近くにある東山公園の中央に、不気味な光を放つ魔法陣が現れた。
「おい、なんだアレ……」
「はっ? んだよ」
近くを通りかかった酔っぱらいの通行人は、その魔法陣を遠くから発見。
思わず近づこうとして――――
「なっ、なんだよコレ……」
その場で凍り付いた。
魔法陣から現れたのは、身長2メートル50センチはあろう、筋骨隆々な化け物だった。
身体のいたる部分からガスが噴き出し、スキンヘッドの頭には血管が浮き出ている。
白目で通行人を一瞥したそれは、特になにをするでもなく無視。
自衛隊中央病院へ向けて、重たい足音と共に進んでいった。
「…………なっ、なんだったんだ?」
「わからん、とりあえず通報を――――」
携帯を取り出して110番をしようとするが、
「は? なんか”圏外”になってんだけど!」
「お、俺の携帯もです! 電波が立ってない、ここ都心ですよね!?」
困惑する通行人は、とりあえず最寄りの交番へ行こうとした。
だが、2人の肩を誰かが叩く。
「はっ、誰――――」
「んあっ?」
振り返った瞬間、2人の顔にスプレーが噴き掛けられた。
強烈な幻覚作用を伴ったそれは、通行人たちから一瞬で意識を奪う。
「プリテンダーからアーチャーへ、民間人を保護。作戦を開始されたし」
◇
東山公園から出現した異形のモンスターは、名を『ゴアマンティス』。
天界の保有する”特級神獣”であり、高度な知能と極めて高い身体能力を持つ。
彼が受けた命令は1つ。
「自衛隊中央病院で保護されている、”執行者エクシリアの本体”を殺害してください。妨害する自衛官は殺して構いませんが、民間人には手を出さないように」
そう、エクシリアはまだ瀕死のまま病院で寝ている。
彼女が今操っている三頭身の体は、魔力で作った『幻体』だ。
ガブリエルの宝具の効力により、彼女は治癒ができず依然死にかけ。
ここでエクシリアを葬れば、第1特務小隊に精神的な打撃が与えられる。
もちろん、これは目的の1つに過ぎないが……。
「フゥゥゥッ…………」
病院の前まで来たゴアマンティスは、目標の微弱な魔力を探知。
一気に該当の部屋へ飛び込もうとするが――――
――――バババンッ――――!!!
「ッ!?」
周囲の建物から、一斉にサーチライトが照らされた。
次いで、続々と屋上へ陣取っていた完全武装の人間たちが銃を構える。
「目標確認!! 城崎群長の報告にあった特級神獣と思われる!!」
ゴアマンティスを迎え撃ったのは、予めエクシリア保護のため陣取っていた――――”特殊作戦群”だった。
彼らは城崎群長の命令により、完全防備の陣地を敷いていた。
事の発端は、魔眼で特級クラスの痕跡を探知した錠前の通報。
衛星電話でダイレクトに報告を受けた城崎は、即座に実働部隊を病院へ派遣した。
これに伴い、院内の人間はエクシリアを除いて既に退避済み。
城崎の狙いはただ1つ。
エクシリアに食い付いた特級を――――ここで確実に葬る。
貴重な神獣を消耗させれば、それだけ味方に優位が生まれる。
敵の狙いがなんであれ、そのために日本最強の部隊を派遣したのだ。
「ヌンッ!!」
発砲が行われる寸前、ゴアマンティスは一気に加速。
近くにあった車両を掴むと、サーチライトのある建物へ向かって投擲した。
「なっ、退避!!」
轟音と共に、数百キロはくだらない車両が宿舎にめり込んだ。
他の建物からライフルが次々に発砲されるが、神獣は猛スピードで病院へ突入。
入口を破って中へ侵入した。
「こちら第2中隊! すまない! 院内への侵入を許した!!」
院外へ展開していた第2中隊の指揮官が、無線で建物内の自衛官へ警告。
「了解、後はこっちで受け持とう。ここからは我々”特戦第1中隊”が担当する」
――――病院内、2F。
「さて、久々に骨のある相手だ……。油断するなよ」
エクシリアの眠る寝室の隣で、特殊作戦群、特戦第1中隊、第1小隊長を務めるアーチャーが口開いた。
その手には、巨大なM107バレット12.7ミリ対物狙撃ライフルが担がれている。
「中国、ロシアと来てやっと天界ですか。錠前1佐も人が悪い、仕事を押し付けて自分はバカンスなんて」
特戦第1中隊、第2小隊長を務めるセイバーが、M7ライフルを素早くコッキング。
薬室チェックと、ボルトの押し込み。
各種タクティカル・デバイスの確認をした。
「そう言うなやセイバー、錠前さんは500連勤した勤労の男やで? 多少のバカンスくらい許されるやろ」
柔らかい訛りの関西弁で返したのは、特戦第1中隊、第3小隊長を務めるアサシン。
糸目が特徴の彼の右手には、MP7A2サブマシンガンが握られており、腰には鋭利なスペツナズ・ナイフが装備されていた。
この中では一番若く、29歳。
今までは関西に展開していたので、対ダンジョン戦はこれが初めてだ。
いかにも物語中盤で裏切りそうな口調と見た目の彼だが、意外に誠実な人間である。
「ははっ、アーチャーは最近事務作業ばっかだったからなぁ。南国組が羨ましいんだよ」
アタッチメントのたっぷり付いた20式小銃を担ぎながら、特戦第1中隊、第4小隊長を務めるキャスターが返した。
彼ら4名。
元特戦第1中隊長である錠前勉が自ら鍛えた肝いりの最精鋭、それらがエクシリア防衛を任されていた。
他にも彼らの部下である特戦隊員が20名、病院内で迎撃の準備を終えていた。
「しっかしアーチャー、久里浜士長は元々君のとこの小隊に所属しとったやろ。群長から聞いたで? そっちの男共が甘やかしたから1特に送ったって」
「そうだなアサシン、確かにアイツのことは子供扱いしてた。だが……」
そこまで言って、アーチャーは機械式のスイッチを握った。
「もしかすると、今では俺らが子供扱いされるかもしれねーぜ?」
笑みと共にスイッチが押される。
ほぼ同時に、エントランスの壁内に埋めていた”C4爆薬”が点火。
ゴアマンティスを爆炎が包み込んだ。
「総員、気張れよ! 近い内帰って来る久里浜に舐められんようにな」
「おもろいやん、ほな先頭行かせてもらうで」
――――特殊作戦群、戦闘開始。