第429話・過去と現在。行きついた世界の終着点で、今日も彼女は楽しく生きる
地球の暦にして、2025年4月30日のこと。
それは、現在からおよそ半年前の時間。
――――第3エリア・【アカシック・キャッスル】城内。
シンシンと雪が降り積もるここは、ようやく陥落させることに成功した世界の一部。
エルフと呼ばれる種族がやたらと抵抗してきたが、最後は執行者の力押しによって呆気なく城を陥落させた。
合計で数十万人は殺したので、次の世界へ跳ぶエネルギーも十分。
奪い立ての玉座には、1人の男が座っていた。
「フン、思っていたより掛かったな……。外れ世界線のくせしてよく粘ったものだ」
彼の足元には、この城の主だったエルフ王とその妻が、血まみれの死体として横たわっていた。
そんな彼へ、膝をついて頭を垂れる眷属が2人。
「エンデュミオン様、次の転移は2日後となります。エルフたちの措置はいかがしましょうか?」
上級幹部用制服に身を包んだ、長い銀髪を持つ小さな少女。
執行者テオドールが、顔を上げた。
「爵位を持つもの、それと老人は皆殺しにしろ。残すのは戦力になるエルフだけでいい」
「かしこまりました」
立ち上がった少女2人は、そのまま独房へ向かった。
道中の廊下で、隣を歩いていた姉が口開く。
「はぁっ、結構手こずらせたわね……サッサと死ねば楽になれたものを」
苛立ちを隠さずにそう言ったのは、水色の髪をサイドテールに纏めた少女。
執行者ベルセリオンだった。
「エルフも必死だったんだよ、守りたいものがあったんじゃない?」
「はっ! くだらないわね、わたし達に勝てる確率なんて1パーセントも無いのに。おバカなエルフ共は、前衛としてコキ使ってあげましょう」
「……」
最近、姉は少し変わってしまった。
前まではもっと理知的で穏やかな性格だったのに、ダンジョンで執行者として生活する内に、段々と乱暴な態度や言葉遣いが増えた。
だがそれは自分も一緒で、前までは大抵のことじゃ怒りもしなかった。
それが、ちょっとしたことでイライラするようになってしまっている。
原因は、まだ幼い自分じゃわからない。
ただ1つ言えるのは――――
「お腹減ったな……」
思わず腹部をさするテオドール。
エルフの世界を制圧すれば何か食料が手に入るかと思ったが、連中は魔力でほぼ身体を維持しており、水をわずかに飲むだけだった。
ゆえに、お目当てだった食料はほんの少ししか手に入らなかった。
そういえばと、テオドールは玉座の間の戦いで見たものを思い出す。
「あのエルフの王様は、豪華な食事してたよね」
「そうね、それが何?」
「ごめん、すぐ追いつくから先に行ってて」
踵を返したテオドールは、もう一度玉座の間へ入室した。
すると、フンワリしたお肉の香りが鼻を触った。
「なんだテオドール、エルフの処刑はどうした」
見れば、机に奪ったばかりの食事が並んでいた。
肉を齧りながら、エンデュミオンは鋭い目を向ける。
抑えきれない唾液が、テオドールの口を満たした。
「ま、マスター……1つお願いがあるのです」
「なんだ? サッサと言え」
胸の前の手を握りながら、彼女は精一杯の勇気を振り絞る。
「こ、今回の侵攻では……わたし単独で要塞を落としました。贅沢は言いません、どうか晩御飯の量を少しでも増やしていただけないでしょうか?」
「飯だと?」
「はい、マスターが今召し上がっている物をほんの少し分けてくださるだけで――――」
そこまで言って、彼女は言葉を中断させられた。
眼力で魔力を放出したエンデュミオンに吹っ飛ばされ、柱に背中から激突したのだ。
「カハッ…………! げっほっ」
脱力して座り込む眷属に、エンデュミオンは怒気を見せた。
「調子に乗るなよ、貴様ら執行者は魔力で自己完結できるだろう」
「けほっ……で、ですが……そうは言っても足りないのです。最近ではお腹が減って夜も眠れず――――」
「贅沢を抜かすなよ、ガキめ。そんなに飯が食いたければ次の世界でもしっかり働くことだ。そうしたら考えてやる」
ヨロヨロと起き上がったテオドールは、頭を下げて退室した。
その後はまだ逆らうエルフを命令通りに殺し、返り血を洗うために氷点下の中、井戸水で髪を流す。
震えながら自室に戻って食料保存庫を開けると、そこには1切れの肉塊と葉っぱが入っていた。
「今日も……食事はこれだけですか」
ワイバーンの肉を乾燥させたものだが、日持ちが良い代わりに強烈な臭みがある。
一緒についている葉っぱは、その臭いをさらに激烈な苦みで緩和してくれるのだ。
「モグッ」
氷点下の中置いていた乾燥肉。
ほぼ無味な上、臭みを苦みでかき消しているため、粘土のような食感と味しかしない。
ゴリゴリと噛んで飲み込むと、彼女はため息をついた。
「全然……足りませんね」
そう言いながら、ボロボロのベッドに入り込む。
布団をかぶっても、隙間風が激しく震えが止まらない。
口内にまだ苦みが残っていて、唾液が不味くえづきそうになる。
「お腹が空きました……それに、すごく寒いです……。これじゃあまた……眠れませんね」
目を閉じた彼女のまぶたからは、一滴の涙が零れ落ちた…………。
◇
――――「…………オッ、テオッ!」
「はっ」
飛んでいた意識が戻る。
顔を上げれば、周囲はライトと火に照らされたビーチ。
どうやら、椅子に座った時、気が抜けて眠ってしまったようだった。
「起こして悪かったな、テオ。ちょっと疲れちゃったか?」
見れば、手に焼肉のタレを持った”現在の”マスター。
新海透が、優し気な笑みを見せていた。
「いえ……大丈夫です」
まだ重たい目を擦る。
奥では錠前、四条、坂本、久里浜、ベルセリオン、エクシリアの6人がワイワイと騒いでいた。
「ちょっと慎也! わたしさっきから野菜ばっかなんだけど!?」
「お前は最近1.2キロ増えただろ、もっと野菜を食え野菜を」
「なんで体重知ってんのよ! キモイ!! 肉寄越せ!!!」
「ばっ! 離せバカ千華! 肉が落ちるだろが!」
「はっはっは! 良いねぇ、BBQはこれくらい盛り上がらないと」
いつも通りじゃれ合う坂本と久里浜。
その様子を、手に紙皿を持った四条と錠前、執行者2人が笑いながら囲む。
暖かい南国の空気に、香ばしいお肉の香り、何より――――”大切な人の笑顔”が溢れていた。
「あっ……」
彼女の金色の瞳から、一滴の涙が零れ落ちる。
それを見た透が、慌てて近寄った。
「おい、大丈夫かテオ!?」
心配してくれるマスターに、腕で目元を拭いながら、テオドールは笑って返す。
「いえ、大丈夫です。もう思い出す必要もないことでしたから」
少し黙った透は、健気な眷属の頭を優しく撫でる。
「そっか、じゃあ肉食ったらもっと元気になるかな?」
「はい! 透、お腹が空きました!」
「聞いたか坂本! たっぷり焼いたな!?」
「ウッス! 旨いの色々上がってます」
眼前の机に、たくさん盛られた焼肉とサンチュ、甘口のタレが乗せられた。
「はい、わたしはもう先に食べたから。アンタが好きそうなの選んで来たわよ」
姉のベルセリオンが、温厚な笑顔で食事を運んでくれた。
そこには、半年前の荒んだ性格など微塵も存在しない。
優しいお姉ちゃんだった。
「冷えたジュースもあるからな、喉が渇いたら好きなの飲めよ」
透の言葉に甘え、テオドールは両手を合わせる。
「いただきます」
分厚い上ロースをタレに浸し、鮮やかな色合いのサンチュで挟む。
その上で、彼女は思い切りかぶりついた。
「ッ!!」
執行者テオドールの口内で、肉汁の花火が打ち上がった。
分厚くも非常に柔らかいそれは、爽快なサンチュの食感と合わさって噛むほどに濃厚な味が滲みでてくる。
幸せに満ちた彼女は、とろけた顔を晒しながら――――
「ほえぇ……っ」
いつも通りの、可愛い鳴き声を出した。