第425話・ほえ漁
「はわああああぁぁぁああああ!!!!!」
執行者テオドールは、上空35メートルで悲鳴を上げていた。
やがて急降下していった彼女は、水面に頭から着水。
大きな水柱を上げた。
「よっし! 良い位置にいったわね!!」
海岸でガッツポーズをしたのは、水着姿のベルセリオン。
お察しの通り、彼女が妹のテオドールをぶん投げたのだ。
【ほえちゃん、めっちゃ吹っ飛んでいったけど大丈夫か?】
【素晴らしい鳴き声が響いていたな】
【さぁ、結果はいかに】
コメント欄が期待に満ちる中、水面が膨らんだ。
「ぷはぁ! 獲れましたぁッ!」
海面から顔を出したテオドールが両手に掴んでいたのは、”大きな魚”だった。
そう、彼女は上空高くから海に飛び込んで、魚を獲るという地球人ではとても真似できない方法で漁をしていた。
当然ながら地球に生息している生き物ではないので、カメラに映ったエクシリアが解説を行う。
「アレは『レッドサーモン』ね、4級モンスター。地球人にわかるように言うなら――――警戒心が強くて捕まえにくい代わりに、マグロの旨味とサーモンの脂を兼ね備えたダンジョンでも希少な魚よ」
【食ってみてぇえええ!!!】
【海鮮丼にしたらヤバそう】
【これは刺身にすべき案件だな】
こと食事の話題になると、コメント欄の日本語が一気に加速する。
生食に関しては外国人にとって理解しづらいようで、欧米系の方々は困惑していた。
「ふーん、聞いてる限りでは旨そうだけど、ダンジョンのモンスターは全部殺したら結晶になっちまうんじゃねえか?」
沖から泳いで戻って来る眷属を見ながら、透は当然の疑問を浮かべた。
「通常はそうね。でもそれは”ダンジョンの縛り”に囚われてるからよ」
「つまり?」
「ダンジョンは侵略した世界を切り取って、各エリアに分割する。そこで生きていた生物は原則として取り込まれた瞬間に、ダンジョンマスターの眷属となるわ。けど――――もちろん例外は存在する」
エクシリアは、目線をテオドールとベルセリオンに向けた。
彼女の意図に、透はすぐ気づく。
「そうか、テオやベルセリオンも元はエンデュミオンの眷属だったっけ。なら、その主従契約を上書きしちまえば、結晶化を防げるってわけか」
「正解、ちなみに結晶化の理由はエンデュミオンしか知らない。でも4~3級程度のモンスターなら、今の執行者の力で十分書き換えられるわ」
浅瀬へ迎えに行った久里浜が、すぐさま『レッドサーモン』をクーラーボックスへ入れた。
ずぶ濡れの小さい眷属が、波打ち際から上がって来る。
「透! 師匠! 無事に捕獲しました!!」
「晩飯の調達ご苦労、偉いぞーテオ」
「むふぅーっ」
マスターに頭を優しく撫でられて、ご満悦なテオドール。
甘えん坊な眷属を褒めていると、後ろから声が掛けられた。
「お疲れっすー、これで晩飯のバリエーションが増えましたね」
ジュースを抱えた坂本が、労いの言葉と共にやって来た。
それを受け取りながら、透は質問する。
「”準備”は?」
炭酸の抜ける音が響いた。
「問題なく進んでます。M2重機関銃、自動擲弾発射機の設置と準備は完了。沖合のガーディアン攻撃ヘリもこっちへ向かってます」
「そうか、しかし……本当に敵さんは仕掛けてくんのかね?」
缶を口につける。
「錠前1佐いわく、”念のため”だそうです。隊長みたいに直感で断言できないのを悔しがってました」
始まりは、配信に現れた1つのコメントだった。
みながバカンスの様子に熱狂する中で、機関銃の配置を指摘するコメントを錠前が見つけた。
最初はどこかのかぶれオタクが、ケチをつけただけだと思ったのだが……。
「今回の配信、ライフルは映しましたが機関銃は全く映していませんでした。なのに、そのコメントは配置の傾向まで当ててみせました」
「十中八九確信犯だろ、それ。つまり――――」
エナジードリンクを飲みながら、透は中央にそびえる城を見つめた。
「あそこで高みの見物をしている誰かさんが、ありがたくも助言をくださったわけだ」
「大天使の仕業だとしたら、罠の可能性もあります。やはり5:5の割合で森林と海をカバーすべきでは?」
坂本の考えは間違っていない。
あのコメントが、全くの嘘という可能性は圧倒的に高かった。
しかし、透は続ける。
「……もし俺が敵側の人間だったら、雑な嘘よりも情報を集めるのに集中する。俺たちが重機の配置程度で被害を受ける手合いじゃないのは、向こうも知ってるだろうしな」
「つまり、デモンストレーションというわけですか」
「あぁ、見たいなら見せてやろう。錠前1佐もそのつもりだろうからな」
缶の中身を飲み干すと同時、岩に登って沖合を監視していた四条が声を上げた。
「海中より多数のモンスターが接近してます! 総数300以上!! 総員、予定通り配置へ!!」




