第417話・成長期ならぬ覚醒期
第4エリア侵攻前日になった朝のこと、一筋の蒼い光が天を貫いた。
「『二連装・ショックカノン』!!!!」
グラウンドで大きく踏み込んだ執行者テオドールが、その両手から莫大なエネルギー砲を撃ち出した。
2発のショックカノンは、強い尾を引きながら天空へ向かって姿を消していく。
そのファンタジーな光景に、周囲で訓練をしていた他の自衛官たちから拍手と歓声が巻き起こった。
「はぁっ、はぁっ……! 今のがわたしの全力です。どうですか? 師匠!」
これを傍で見ていたのは、金髪を下げた現在3頭身の執行者。
エクシリアだった。
彼女らは新エリア侵攻前に、戦技の最終調整を行っていたのだ。
最近は引きこもり気味だったテオドールもさすがにヤバいと思ったのか、基礎練や体力作り、技の練度向上を自主的に頑張っていた。
そんな心機一転した弟子へ、師匠は忌憚なき感想を呟いた。
「威力は本当に進化したわね、もう何度か戦って知ってはいるけど……ダンジョン時代とは比較にならないわ。栄養状態が改善されたのが大きいわね」
「だが」と、即座に言葉は続いた。
「技の着想は良い、でもアンタ自身の魔力効率が悪すぎるわ。特に今のは酷い、たった1回撃っただけでもう息切れしてるじゃないの」
「うぅ……、ごもっともです」
エクシリアの指摘は的を射ていた。
これまでテオドールは何度も戦闘を行ったが、日本に来てから技の威力は大きく上がったものの、燃費が最悪な状態だった。
過去の戦い――――リヴァイアサンやエクシリア、エンデュミオン戦を見ても長期戦など考えてすらいないと言えた。
「いい? 魔導士の技の練度を示す要素は大きく分けて3つ。威力、派生、そして魔力効率よ」
「い、威力はクリアしてます……。でも派生と効率がダメですかね」
「えぇ、もしわたしがアンタと同じ技を使えるとすれば、”10分の1の魔力量で2倍”の威力が出せるわ」
「10分の1でに、2倍ですか!? そんなの不可能じゃ……」
「体内の魔力回路を最適化すれば十分可能よ、第3エリアや新宿でわたしは覚醒したアンタに勝ってる。勝因はどれも消耗度の違いなのはわかってるわね?」
「ウッ……」
その通りだった。
日本食で栄養満点になったにも関わらず、テオドールはエクシリアにまだ勝ったことが無い。
当然だろう、欠食状態でも彼女は執行者最強の存在。
ただでさえ高難度の転移魔法を、複数人同時対象にして発動という神業もできてしまう。
いずれも、彼女が長年の鍛錬で魔力効率をひたすらに極めたからこそ。
同じ技でも、テオドールとエクシリアでは燃費も威力も全く違うのだ。
「まぁ効率は一朝一夕でどうにかならないから、これはひとまず後にしましょう。それよりも大きな問題があるわ…………単刀直入に言うわよ」
目を細めたエクシリアは、自身を今の状態へ追いやった憎き大天使を思い浮かべた。
「今のアンタが全力で撃つショックカノンが当たったとしても、”ガブリエルには効かない”」
「ッ……!!」
今度挑むエリアは、以前にユグドラシル駐屯地を襲撃した敵部隊の出発場所。
まだ記憶を保持しているエクシリアいわく、ダンジョンの中枢へ繋がる場所の可能性が極めて高かった。
間違いなく、これまで引っ込んでいた大天使最強のガブリエルが迎撃に出てくるのは明らかだ。
「ヤツは移民船の臨時船長を、まだ起きていた頃の破壊神イヴに任されたほどの実力者よ。ウリエルやサリエルはおろか、並みの執行者じゃ到底アイツに敵わない」
テオドールは嫌でも思い出した。
渋谷でエクシリアが宝具に貫かれた際、怒りで飛び掛かった彼女は渾身のショックカノンを真上から直撃させた。
にも関わらず、ガブリエルは全くのノーダメージだったのだ。
あの時は錠前と自衛隊が強烈な横槍を入れてくれたおかげで助かったが、今度はそうもいかないだろう。
「これより威力が高い技となると、『爆雷波動砲』しかありません……」
「確かにそれなら有効打かもしれないけど、撃つまでに隙があり過ぎる。ゆうに5回は殺されるわよ」
「うぅ……っ、困りました」
困窮する弟子に何かできないかと、エクシリアが思考した時――――
「よっ、テオ」
「透!」
後ろから歩いてきたのは、テオドールのマスター。
新海透だった。
「技の特訓か?」
「はい、師匠に見てもらっていたのですが、ちょっと行き詰まっていまして…………」
彼女は簡潔に、今までの内容を透に話した。
すると、彼は顎に手を当て。
「なぁテオ、前から気になってたことを聞いて良いか?」
「はい、なんでしょう」
「お前のショックカノン、なんで”二連装”なんだ?」
唐突な問いに、テオドールは両手を上げながら返す。
「だ、だってわたしの腕は2本しかありませんよ!? これ以上は物理的に無理じゃないですか?」
弟子の意見に、エクシリアもうなずいた。
だが、透は織り込み済みだったのだろう。
彼女の額に、手を当てた。
「テオ、お前は宇宙戦艦の主砲系女子なんだよな?」
「まぁ、そうですね」
「思い出せないか? お前が大好きな宇宙戦艦の主砲は何連装だ? 今のままだと巡洋艦が限界になっちまうぞ」
「ッ!!」
瞬間だった。
主従関係のテレパシーを通じて、透のイメージがダイレクトにテオドールへ伝わった。
いつかリヴァイアサン戦でしたそれが、もう一度行われたのだ。
明瞭な映像、マスターの描く最高効率の魔力回路を眷属は理解した。
「……やっぱり、透はすごいですね」
踵を返したテオドールは、両手に膨大な魔力を宿らせた。
輝く金眼に映るは無双の宇宙戦艦。
今、真に完成された彼女の主砲が火を噴いた。
「48センチ――――『三連装・ショックカノン』!!!!」
それは、今までの技の比では無かった。
両腕+魔力の衝突点を砲身に見立て、姉のベルセリオンを超える威力のビームを発射。
3本が並列に飛翔し、遥か遠くの空で大爆発を起こした。
爆風が駐屯地を薙ぎ、数十キロ離れた空域にいた対戦車ヘリコプター部隊があわや墜落しかける。
この一瞬の成長に、さすがのエクシリアも驚愕した。
――――たった一回のイメージ共有でここまで進化させるなんて……、もちろんテオドールが凄いのだけど。
無邪気に喜ぶマスター、新海透をエクシリアは見つめた。
――――もっとヤバいのはこっち……! わたしでも思いつかなかった魔力回路の最適化構築を一発で行った。このマスター、ひょっとしたら…………。
気づけば笑みを浮かべていたエクシリアは、高揚する心で確信する。
――――ガブリエルにすら勝てるかもしれない。




