第416話・頼れる先輩!!
「お話があります。錠前1佐、秋山さん」
木組みの家屋の中。
現代的な美容室に改造された室内で、透は立ちながら眼前に座る人生の先輩たちへ問いかけた。
「新海が改まって聞くなんて珍しいねー、どしたの?」
「たしかに、なんか悩み事?」
椅子に大きく座った錠前と、そんな彼の頭に両腕と顎を乗せた秋山が、揃って聞いた。
共に親しい友人ということもあり、最近はこうして駄弁る機会が多いようだ。
まぁ、錠前は基本的にサボりなのであるが。
今回は、そんな所へ透が押し掛けた形だ。
「いや、なんか声に出して言うのは恥ずかしいんですけど……。ここは経験豊富な方に聞くのが早いかなって」
「気にせず言いなっさい!! このグッドルッキングガイ錠前勉がお悩みに答えようじゃないかっ」
上の秋山をどかし、ドンと胸を叩く錠前。
「じゃ、じゃあ遠慮なく……。明後日に第4エリアに行きますよね? あの沖縄みたいな無人島」
「そうだね、準備できた? バーベキューするよ? 海水の温度も7月の沖縄そのものだから、ビーチでいっぱい遊ぼう! もちろん目的は攻略だけどね!」
「そうっすね。一応物の準備はできたんですが、心の準備がまだできてないんです。ほら、予定では海岸を拠点にしてあそぶじゃないですか。衿華も当然前に買った水着を着ると思うんですけど…………」
「けど?」
「絶対可愛すぎて、褒める言葉が見当たらないと言いますか…………」
「「…………」」
頬を赤くしながら呟くウブ野郎に、錠前は冷めた声で即レスした。
「いや普通に褒めれば良いじゃん、どこで悩んでんのか全然わっかんねぇ」
「新海さんさぁ、恋人はなんでも良いから彼氏に褒められたら嬉しいもんだよ? 普通に可愛いって言ってあげなよ」
大人2人の冷静な返しに、透はすぐさま反論した。
「いや、なんか衿華って基本的に教養があるじゃないですか……!? 下手な褒めだと返って逆効果かもしれないんですよ!」
「まっ、あの四条先生のご令嬢さんだしねぇ。その気になれば防大の主席も行けたと思うよ。新海さんが言葉に悩むのもわかるかなぁ」
かつてお世話になった恩師を思い浮かべる秋山。
口を開けば「人の心に寄り添え」、「相手の立場や都合も少しは考えろ」とお説教の毎日だった。
当時はウザい以外の何物でもなかったが、先生の教えは成熟した大人になった今では不可欠。
今眼前の後輩が望んでいるのは、いつかそうして自分が助けられた大人からの言葉なのではないかと思考。
今度は、四条先生があの時自分たちにしてくれたことを、返す番なのかもしれない。
その結論に、錠前も至っていたようだった。
「そうだねぇ、下手に言葉を取り繕うんじゃなくて……新海が抱いた”感情”をぶつけてみるのはどうかな?」
「感情……ですか?」
「うん、こういう時に複雑な褒めって案外毛嫌いされるんだよ。新海が見て思ったこと、感じたこと、そのままを鮮度100%で伝えれば響くんじゃないかな?」
この提案に、後ろに立っていた秋山もうなずいた。
「そそっ、さっき無条件で喜ぶ的なこと言ったけど。実際は大きな前提があるんだよ」
「前提っすか?」
「そっ、言うならば一種の恋人フィルターだね。辞書でティアが高い言葉よりも、”彼氏”っていうフィルターを通した単純な感想の方が、下手に工夫するよりずっと通るの」
盲点だった。
透的には、なにか特徴を捉えた言葉が良いのでないかとずっと思っていた。
しかし、それはまさかの逆効果。
この時点で、勇気を出して先輩方に聞いた価値があった。
「わかりました、多少拙くても自分の本音を伝えたいと思います」
「まっ、ちょっとは飾りなよ? ネイティブ過ぎても意味無いから」
「それはもちろん」
問題解決。
仕事があるので、これ以上は長居できない。
最後に透は、スマホを取り出した。
今日わざわざ錠前を狙ってここに来たのは、これが目的でもある。
「錠前1佐、これに覚えはありますか?」
透が見せたのは、”ロシア首脳部暗殺事件”のネット記事だった。
内容は要約すると、西側政府の意向と正反対にロシア大統領が殺害されたとのこと。
証拠は一切残っておらず、NATO各国は関与を否定。
さらには、500名以上のGRU隊員まで惨殺されたと書いてあった。
旧ロシア領は完全に分裂し、各地で大規模な紛争が勃発。
推定死者は10万人、難民の数に至っては最低でも5000万人に上るとされ、この一大事件を起こした犯人の早急な特定が望まれていた。
透の据わった黒目を見ながら、錠前はいつもの様子で返す。
「…………。こいつならニュースで顔くらいは知ってるさ、それがどうしたの?」
「いえ、身に覚えが無いなら大丈夫です」
それだけ言い残した透は、背中を向けて退室していった。
10秒ほど経ってから、秋山が口開く。
「本当狂ってるよ、君。一体どこまで行くつもりなの?」
冷え切ったこの声に、錠前は変わらず陽気な様相で返した。
「どこまででも、日本の敵が全ていなくなるまでだよ」




