第415話・いつもと変わらない朝
――――11月28日、午前7時。
静かな部屋に、スマホのアラーム音が響いた。
20秒ほど鳴っていたそれを、布団の中にいた持ち主の少女はようやく手に取り、薄く開けた目でロックを解除。
やかましい音を止めた。
「ふあぁ……っ、ほえ…………。おはようお姉ちゃん」
ベッドから起き上がった執行者テオドールは、未だ寝ぼけた頭で呟いた。
鮮やかな銀髪はクシャクシャで、アホ毛がピコピコと揺れている。
挨拶を向けた相手はとっくに起きており、着替えも済んでいた。
「おはようテオドール、よく眠れた?」
水色の髪をサイドテールにし、全身を執行者用制服で包んだ、姉のベルセリオンが優しい顔を向けた。
「うん、ケーキいっぱい食べる夢見た」
「あぁ……だからね、寝言でほえほえ言ってたわよ? もうすぐエリカ達が迎えに来るから、早く着替えなさい」
「はーい」
とりあえず立ち上がり、上着のジャージを脱いだ。
次いで薄いシャツと太もも丈の短パンを下ろし、可愛らしいリボン付きの下着で包んだ細い身体を露わにした。
肌は白く、年齢相応にモチモチとしている。
「むふぅ、朝起きても部屋が寒くないのは、何度経験しても良いですね。着替えが全く億劫じゃありません」
元気に稼働するエアコンを一瞥し、洋服棚を開けながら……彼女はダンジョン勢力側での時代を思い起こす。
当時の私室にそんな文明の利器などあるはずもなく、隙間風の入って来る室内で、震えながら着替えたものだ。
「よし、今日はこの服で行きましょう」
薄手のシャツと、お気に入りのベージュ色なショートパンツに足を通す。
黒のハイソックスを履き、仕上げにこちらも肌触り抜群な白いパーカーを羽織った。
いずれも、感覚過敏な彼女が選んだお肌に優しい服装。
「今日は、とか言うくせにいつもその恰好よね?」
「だって過ごしやすいんだもん、お姉ちゃんだって毎日制服でしょ?」
「わたしはまだ日本の柔らかい衣服に慣れてないの、それに――――」
言うと同時、彼女は足首近くまである大きなマントを翻した。
「あったかい上にカッコいい、やはりわたしはこの服に限るわね。そういえばアンタのはどうしたの? 制服持ってたわよね?」
「こないだ自衛隊の研究施設にあげちゃった。なんでも異世界の物質を研究するとかで、偉そうな大人たちがお礼とたくさんのお菓子をくれた」
テオドールたちは、未観測の世界から来た来訪者。
当然、世界中の研究施設が彼女たちを欲しがっている。
だが透と錠前の決死の庇護により、人体実験の類は全面禁止。
一般的な移民として待遇し、健康で文化的、人権のある生活を優先させたのだ。
なので、せめて衣服だけでもと研究所に迫られた透は、仕方なく眷属の許可をもらって制服を提供。
もちろん、億単位のお金で研究所は買い取った。
ちなみにそのお金はテオドールの将来貯金に振り込まれ、いつか自立する時の資金として使う予定。
そうこうしていると、部屋のドアがノックされた。
「おはようございます、2人共。よく眠れましたか?」
端正な笑顔を向けた、ベルセリオンのマスター。
四条が入って来た。
その後ろで、奇声を上げながら別の自衛官が入室してくる。
「むっはー!! 執行者スメルで満ちてるー! 生命力が滾るわー」
清々しいほどの変態発言と共に、茶髪を揺らした久里浜が入室。
既に身体を吸われた過去を持つ執行者2人は、露骨にドン引きした。
「千華ちゃん、朝から変態になるのはやめていただけます?」
「何を言ってるんですか四条先輩! 直接吸うのが禁止なら、間接的に吸うしか無いじゃないですか!! これは合法です!」
「はぁ、その内セクハラで訴えられても知りませんよ」
そんないつもの調子で、4人は食堂へ。
一般隊員は基本的に6時起床だが、執行者は睡眠時間確保のため7時起床となっている。
なので、彼女らのご飯の付き添いは四条と久里浜の仕事だった。
「今日の献立はチーズトーストと、ベーコンエッグ。チキンサラダらしいですよ」
四条の声に、早速ワクワクで満ちた顔をする執行者。
ガラガラの食堂でトレイにご飯を乗せると、4人は席へ。
「では、いただきます」
揃って手を合わせる。
テオドールとベルセリオンは、やはりまずメインのトーストを勢いよくかじった。
「むぅっ!?」
かみちぎろうとすれば、トロトロのチーズがたっぷりと伸びる。
絶妙な塩加減と食感に、思わず2人は――――
「ほえぇ…………」
「ふえぇ…………!」
朝一番の鳴き声を出した。
空きっ腹の中に、待ち焦がれていたエネルギーが投入。
モーニングに相応しい会心の初手に、2人はチーズにも負けないトロ顔をお見せした。
「よっし、鳴いたわね!」
眼前でサラダを食べていた久里浜が、ガッツポーズ。
その隣で、同様にサラダを口に入れていた四条が、悪い笑みを見せた。
「お2人共、ベーコンエッグもどうぞ」
「これ、そのまま食べればいいの?」
不思議そうに見つめる彼女らへ、四条が続けた。
「ナイフで切って、タマゴと一緒に頬張って大丈夫ですよ」
まず四条がお手本を見せる。
ご令嬢だけあって、食器の扱いは実に立派。
鮮やかな動きで切ると、上品に口へ入れた。
「おぉ、さすが先輩……食べ方綺麗」
一方の久里浜は、フォークで刺して丸かじりしていた。
まぁ、ここは礼式のいる場所ではないので、この程度のことはマナー違反にならない。
むしろ、早食いこそ美徳の自衛隊では、久里浜はまだ綺麗な食べ方だった。
透や坂本、まして錠前クラスに忙しい自衛官になると、バカみたいな速さで食事を掻き込む。
繁忙期には白飯、味噌汁、おかずを全て統合した完全食を生み出し、30秒で完食するというある種の冒涜的食い方で日々を過ごす。
さすがに恋人の前では自重するが、1人で食べる際は基本これだ。
忙しい自衛官なので、四条も久里浜も文句は言わないが。
「モグッ、むふぅ…………ほえぇ」
「ふぇー!」
一方の異世界人は、そんな食の楽しみを仕事で忘れつつある現代人と真反対。
ベーコンエッグを幸せそうに食しながら、またもトロ顔をお見せ。
遠くで眺めていた給養の自衛官は、全員がガッツポーズをしていた。
――――第4エリア侵攻まで、あと2日




