第413話・第二次日本海海戦
勝敗は決した。
EMPによってほぼ全ての軍事力を失ったロシアだが、間一髪で攻撃を免れた部隊がいた。
日本海に先日出港していた、ロシア太平洋艦隊である。
EMPはあくまで領土内のみ、公海に撃つわけにはいかなかったのだ。
だが、それらを静かに待ち伏せする鋼鉄のクジラ達がいた。
「スクリュー音探知、ノイズが大きい……10以上の数です」
「潜水艦はいないな?」
「確認できません、編成は水上艦艇のみです」
「音紋照合せよ、まぁ大方予想はつくがな」
最新鋭潜水艦『たいげい』の中で、艦長は腕を組んだ。
同海域には、同じ海自の潜水艦が6隻潜んでいた。
いずれも海底で無音潜航しており、通常のパッシブ・ソナーでは発見すらできない。
「音紋照合、先頭にスラヴァ級ミサイル巡洋艦。次いでウダロイ級駆逐艦、ステグレシチー級フリゲート。ソヴレメンヌイ級駆逐艦。他揚陸艦多数」
「ロシア太平洋艦隊最後の全力だな、サハリンの戦略原潜は米軍に任せるとして、我々はこちらを相手しよう。魚雷発射用意!! 発射菅1番から4番開け!」
「発射菅1~4番に注水、18式魚雷にイメージ画像をセッティング」
海自の潜水艦は、日本周辺に限れば米軍でも勝つことが困難だとされている。
通常動力型潜水艦は静寂性と引き換えに潜航時間の短さが挙げられるが、そうりゅう型以降の艦はリチウム・イオンバッテリーの採用によってゆうに2週間以上は潜れる設計だ。
レールガンといい、日本はこと電池技術において世界でも未だトップ。
その技術の結晶たる潜水艦が、ソ連の遺産ごときで探知できるはずも無かった。
「発射!」
まず第1波として、『たいげい』を含む3隻が18式魚雷を発射した。
この魚雷はリヴァイアサン、中国戦で使用された傑作兵器だ。
深海深くからほぼ無音に等しいレベルで接近し、水上艦艇が最もダメージを受ける側面に自動で移動する。
リヴァイアサン戦では、水中呼吸器官を潰すという大役を果たし、その後の勝利に大きく貢献した。
そのあまりの静寂さから、ロシア艦が魚雷に気づいたのは、弾着5秒前だった。
「なんだ!?」
旗艦『ヴァリャーグ』のブリッジから、左右を航行していたフリゲートに巨大な水柱が上がるのが見えた。
凄まじい威力に艦体は真っ二つにへし折れ、乗員を救助する間もなく轟沈してしまう。
「敵の潜水艦です!!」
「クソっ! 対潜戦闘!! ただちに反撃しろ!!」
「ダメです!! 爆発音で海中が攪拌され、ソナーが役に立ちません!!」
「何もしなければ的になるだけだ!! ばら撒ける物は全てばらまけ!!」
回避運動を行いながら、『ヴァリャーグ』は搭載していたRBU-6000対潜ロケット砲2基を、左右に向けた。
「撃てッ!!」
魚雷が来たであろう方位へ、対潜ロケット弾を連射した。
煙を引いて海面にぶつかった弾頭は、海中で次々に爆発。
辺りの海を、ミキサーのようにかき回した。
「これで音響センサーは敵も使えんだろう、この間に海域を離脱して――――」
直後だった。
最大戦速で走っていた揚陸艦に、左右から挟み込むようにして魚雷が命中。
衝撃で艦はバラバラに砕け、甲板にいた海軍歩兵部隊ごと海中へ引きずり込んだ。
そのすぐ後に、残っていた3隻の揚陸艦にも容赦なく魚雷は直撃。
悲鳴が渦巻く中で、ロシア海軍が保有する全4隻の揚陸艦は海中へ没した。
「なぜ……、ソナーは無力化したはずなのに!」
ただ1隻残った旗艦『ヴァリャーグ』艦内で、艦長が動揺を見せる。
彼の言う通り、対潜ロケットによりソナーは使えない。
しかし、18式は予めインプットしていたイメージ画像を元に目標へ誘導。
爆音の嵐など関係なく、一方的にロシア海軍を屠ったのだ。
「本艦後方より魚雷接近!! 突っ込んで来る!!」
「回避運動! 機関砲で迎撃しろ!!」
搭載されていたAK630M機関砲を手動で操作し、近づいてくる魚雷へ必死に撃ちまくった。
「ダメです!! 海中の抵抗で有効打になりません!!」
「総員衝撃に備え!!」
艦長が死を覚悟した時、魚雷が爆発した。
「うおっ!?」
大きく揺れた後、床に倒れた艦長はすぐ顔を上げた。
「被害報告!!」
その声に、同じく起き上がった水兵たちが返す。
「敵魚雷は命中直前で爆発! た、助かりました…………!」
もしかしたら、まぐれで機関砲弾が当たったのかもしれない。
すぐさま反撃を命じようとした時、それが幸運の仕業ではないと彼は知らされた。
「機関室浸水!! 航行不能!!」
「なんだと!?」
激しい衝撃で、老朽化していた艦は激しくダメージを負った。
最悪の報告はさらに続く。
「非常用電源を完全にやられました!! スクリューも大破! 電気系統がダウンしたため、全兵装使用不可能……何もできません!!」
「ッ…………!!」
艦長は気づく。
敵は魚雷を敢えて目前で自爆させたのだ。
その目的は1つ。
「水平線上に艦影! 日本のイージス艦です!!」
まるで見計らっていたかのように、海自のイージス艦『みょうこう』が出現。
主砲による迎撃を試みるが、モニターが完全に死んでいる。
向こうもそれを知ってか、海賊対処用の指向性拡声器を使用してきた。
「貴艦は完全に包囲されている、ただちに降伏せよ。3分以内に白旗の掲揚が確認できない場合、すぐさま撃沈する」
『みょうこう』の主砲が、『ヴァリャーグ』の艦橋へ向けられた。
後は砲術員がトリガーを引けば、全員が死ぬ。
「ダメです艦長!! 徹底抗戦しましょう!! アジア人ごときに負けたとあれば、ロシアの恥です!!」
「ッ!!!」
残り2分30秒。
近づいてくる『みょうこう』の主砲は、もう目視でわかる距離にあった。
「艦長!!!」
残り2分――――
刹那の間で、艦長は周囲を見渡した。
不安にまみれた水兵たちを、この手で地獄に道連れにする。
求められるはその覚悟、モスクワへの忠誠が問われるこの瞬間で、艦長は決断した。
「…………降伏する、白旗を掲げろ」
「バカな!! 正気ですか!! 相手がアメリカならまだしも、日本ですよ!? これではあの憎き日本海海戦と同じではないですか!!」
「だからこそだ!! 500名近い乗員を……無謀なプライドと意地で殺すわけにはいかない。我々は…………負けたのだ」
残り時間12秒で、『みょうこう』の見張り員は『ヴァリャーグ』に白旗が上げられたのを確認した。
「『あたご』と『やはぎ』に打電、本艦が『ヴァリャーグ』を曵航する。目的地に着くまで主砲を向け続けろ。他の艦はヘリと連携して救助活動を急げ」
こうして、第二次日本海海戦は自衛隊の完封で終わった。
唯一効力を発揮していたロシア太平洋艦隊は全滅し、旗艦が拿捕されるという大敗北。
海自に曵航された『ヴァリャーグ』は、対馬海峡を抜けてそのまま東京湾へ。
どうせ敗北をロシア政府は隠すだろうということで、こちらもそれなりに対応をすることとなった。
「嘘だろ…………」
拿捕された『ヴァリャーグ』が停泊を命じられたのは、日露戦争時に東郷平八郎提督が座上し、戦争を勝利へ導いた英雄艦。
戦艦『三笠』のすぐ”隣”。
第一次日本海海戦の勝者と、第二次日本海海戦の敗者。
乗員を退艦させた後、『三笠』と拿捕した『ヴァリャーグ』のツーショットが撮影され、インターネットにすぐさま配信された。
もちろん、『ヴァリャーグ』の艦首は日本国の管轄となった意味も込めて、皇居の方角へ向けさせる。
ロシア大統領がその屈辱的な写真を見たのは、ちょうどリモートで参謀総長から、北海道上陸開始の報告を聞いていたタイミングだった。




