第411話・オホーツク海空戦
オホーツク海上空を、ジェットエンジンの巨大な音がこだました。
ロシア航空宇宙軍の前衛を務めるのは、SU-35戦闘機が16機。
さらにSU-30MK2、SU-27SMが合わせて40機。
後方では、対地攻撃用のSU-25が20機飛行していた。
総数は76。
ロシアが誇る、強大な戦闘機部隊だった。
『各機、日本軍機が射程に入り次第、交戦を開始せよ。目標は千歳空港の爆撃だ、既に友軍が巡行ミサイルを放っているから……おそらくSAMサイトも壊滅しているだろう』
SU-35に乗ったリーダーが、無線でそう喋った。
彼らはサハリン東部を南下するコースを取っており、オホーツク海経由で北海道を爆撃するために編成されたストライクパッケージだ。
航空優勢を取るために、戦闘機部隊には最新のIRST(赤外線探知装置)と、それらを駆使して放たれる最新の中距離ミサイルR77-PDを装備していた。
これは、なんと状況次第では射程150キロを誇る最高峰のミサイルだ。
ウクライナ相手に使用せず温存していたのを、今回対日戦に投入した。
日米の主力ミサイルであるAIM-120や、AAM-4は射程がせいぜい100キロにも満たない。
優秀なIRSTを使えば、先制攻撃で相手を壊滅させられる算段だ。
『こちらキロ2、IRSTに反応はまだありません。相手がF-15ならそろそろ捕捉しても良さそうですが』
同じく先頭集団のパイロットが、無線で呟く。
確かに、同じ第4世代機ならこちらが有利。
しかし、相手は第5世代にあたるF-35Aを発進させている可能性が高かった。
IRSTは熱などを捉えるため一見有利に聞こえるが、F-35Aは赤外線対策がされている。
なので、さらに後方を飛ぶ早期警戒機A-50に頼るしかない。
『大丈夫だ、相手のミサイルの射程に近づくまでには捕捉できるだろう。いかなステルスといえど、近距離まで肉薄すればただの的だ』
ロシア機は格闘戦に対して優れた設計を持っている。
最大射程でR77-PDを発射し、敵を攪乱してから一気に接近。
空自機を殲滅するプランだ。
『さて、じゃあヤポンスキーのお手並みはいけ――――』
その直後だった。
先頭を飛行していたSU-35戦闘機8機が、なんの前触れもなく炎で包まれた。
いや、正確には一瞬だけRWRが警報を発したが、ミサイルの距離が近すぎて回避ができなかったのだ。
『やられた! 敵はステルスか!?』
『全機散開!! チャフ・フレア放出!! まだ推定距離が170キロもあるんだぞ!! ステルスの仕業なら目視できる距離に潜んでいるはずだ!!』
各機は回避行動を取りながら必死に見渡すが、晴天に機影は確認できない。
それどころか、機動中だった残りのSU-35戦闘機が追加で8機撃墜。
ロシアの誇る精鋭航空機が、何もできず海へ落ちて行った。
残った者も必死に空自機を探すが、見つからない。
当然だ、敵は目視できる距離になどいなかったからだ。
『ミサイル全弾命中、敵前衛16機を撃墜』
北海道上空を飛行していたのは、今まさに彼らが探しているF-35A戦闘機だった。
その後方では、ミサイルを満載したF-15JMが飛んでいる。
総数にして32機のこれらは、ある”特別なミサイル”を搭載していた。
『センサー情報共有、イーグル各機。お届け物をプレゼントしてやれ』
遥か170キロ離れたロシア機に対して空自が発射したのは、”AIM-120D-3”と呼ばれる最新鋭ミサイル。
これは今年にアメリカから納入されたばかりの空対空ミサイルで、つい先日ようやく基地に配備されたものだ。
その射程――――なんと”180~200キロ”、飛翔速度は脅威のマッハ5以上という、化け物じみたミサイルだった。
『了解、FOX3』
F-35Aのセンサー情報を元に、ミサイルキャリアとなったF-15JMがそんなAIM-120D-3を一斉に発射した。
大気の薄い高空で放たれたため、ミサイルはあっという間にマッハ5を突破。
ロシア機のRWRが全力で警報を鳴らすが、極超音速で空を突き抜けて来た弾頭を避けるなど不可能。
VKSの航空機は次々に被弾し、その全てがオホーツク海の藻屑と化した。
『こちらファントム・アイ!! ストライク・パッケージ全滅! 繰り返す! ストライク・パッケージ全滅!! 作戦失敗、本機もただちに退避する!』
後方500キロを飛行していたVKSの早期警戒機A-50は、悲痛な叫びと共に急旋回して撤退。
開幕の航空攻撃が既に失敗したロシアだが、ここで引いてはモスクワに勝利報告ができない。
極東管区の司令官は、すぐさま命令を下した。
「日米の空母機動部隊はまだ中国沿岸部にいる、太平洋艦隊は予定通り北海道西端部を艦砲射撃の後に強襲揚陸!! 札幌、函館を一週間以内に占領せよ!!」
奇襲攻撃だったため、作戦に失敗は許されない。
負ければリトライは不可。
ロシア海軍艦隊が奥尻島沖にまで近づくが、待っていたのは非情な現実。
海の底で、魚雷発射管の開く音が静かにこだました。




