第410話・露軍、決死の物量作戦
露軍が放った巡行ミサイル群を真っ先に探知したのは、空自のE-2Dアドバンスド・ホークアイだった。
円盤状のレーダーが乗った機体の中で、熟練のオペレーターが冷静に画面を見つめる。
「露軍巡行ミサイル群接近、三沢からの距離約600キロ。速度、400ノット。高度2500から徐々に下降中。発射母機からKh-101と推定される」
観測されたデータは、自衛隊の統合システムによってすぐさま全軍に共有。
青森沖を航行中だった、イージス護衛艦『みょうこう』へ瞬時に報せが届いた。
「状況は?」
モニターの光で照らされた薄暗いCICで、席に座った艦長が一言。
その声に、レーダー員がすぐさま返した。
「ロシア領より巡行ミサイル群接近中、数40。標的は三沢基地です」
「本当にそれだけか? 後続に倍の数は見えないか?」
「いえ、レーダーで捉えたのは40発のみです。自爆ドローンが低空で向かって来ている可能性は高いですが、巡行ミサイルとなるとそれだけです」
「露軍ならイスカンデル弾道ミサイルがあったろ、あれは撃ってないのか?」
「もし発射されているなら、本艦のイージスシステムが既に発見しています」
艦長は訝しんだ。
これまで行った机上演習では、ロシアは最低でも250発規模の巡行ミサイル、および数十発の弾道ミサイルを撃ってくる想定だった。
それが、たった40発。
本当に攻撃する気があるのか、不思議でならなかった。
もしかしたら、陽動かもしれない。
「空さんには敵の航空機に専念してもらう、迎撃は本艦のみで行うぞ。対空戦闘! SM-2攻撃始め!!」
艦長の号令で、『みょうこう』は即座に戦闘態勢へ入った。
断定はできないが、あのロシアだ。
きっと後続で、数倍の物量が控えているに違いない。
油断と慢心こそ、最強のイージス艦をも沈める。
まずは目の前の標的に、全力を発揮することとした。
「VLS1番~20番解放!! SM-2攻撃始め!!」
『みょうこう』の甲板が火を噴くと同時、高性能対空ミサイルSM-2が連続で発射された。
敵の巡行ミサイルは未だ高空を維持しており、捕捉は容易かった。
数でも速度でも、中国軍に比べれば遥かに劣る。
「インターセプト5秒前! 3,2……マークインターセプト!!」
横っ腹から殴りつける形で、イージス艦のSM-2、ESSMといった迎撃ミサイルが次々と命中した。
相手が亜音速だったこともあり、外した弾はゼロ。
40発全てが、露軍のミサイルを撃ち落とした。
「全弾命中! 後続は確認できず!!」
艦長はさらに疑念を深めるが、それは別の答えとなって確信へ近づいていく。
「まさか連中、これで在庫切れなんて無いよな……?」
そのまさかだった。
ロシア軍は1週間前に、ウクライナへ大規模なミサイル攻撃を敢行。
僅かしか生産されていなかった貴重な巡行ミサイルを、ほぼ撃ち尽くしていた。
残ったのは、極東に置いていた僅かな備蓄のみ。
またしばらくは生産を待たなければならなかったのに、そのタイミングでロシアは対日開戦を決意。
さらにロシア軍上層部は粛清を恐れるあまり、実態数の実に数十倍もの在庫があるとモスクワへ報告。
それを信じた政府が攻撃を命じたものの、当然無いものは撃てない。
結果として、日本へダメージを与えるには少なすぎる数しか発射できなかった。
もちろん、それを断言できる情報を日本側は持っていないので、きっとまだ奥の手があると信じていた。
なにせあのロシアだ、こんな程度の戦力で戦争を仕掛けるほど弱いはずが無い。
戦場の自衛官全員が、そう思っていた。
「レーダーコンタクト! 沿岸部より小型目標接近、RCS、速度から”シャヘド自爆ドローン”と推定される」
「来たな、正確な数はわかるか?」
「こっちは多いですね、300機を超えています」
シャヘドはウクライナでも猛威を振るっている、自爆型の無人機だ。
元の生産国はイランだが、現在はロシアでも作っている。
低速だが、非常に安価で破壊力も高く、飽和攻撃にはもってこいの兵器。
通常のミサイルや対空砲では、とても対処できない。
だが、これもイージス艦の敵ではなかった。
「SPY-1の出力上げ、ECM攻撃始め」
「ECM、攻撃開始」
イージス艦のレーダーは、指向性を絞れば超強力な電子レンジを射線上に展開するようなもの。
強力な電磁波を浴びせられたシャヘド無人機は、一斉にコントロールを失って急降下。
300機以上の数が、10秒も経たずに海面へ墜落した。
「指定トラックナンバー、全機撃墜。後続は確認できず」
「この程度で本当に攻撃する気はあるのか……? だが油断はするな、引き続き警戒を厳となせ」
「了解」
レーダー上では、空自とVKSの航空機が正面からぶつかり合おうとしていた。




