第408話・苦闘の果てに
【すっげえ音したぞ…………ヤバくね?】
【なんかカバー吹っ飛んだけど】
【これ、久里浜士長やっちまったか…………?】
騒然とするコメント欄。
四条の方も、顔が青ざめる。
だが、この場で一番冷や汗をかいていたのは、セットした久里浜本人だ。
「えっ、やっ…………12万。えっ、ごめっ…………!」
思わず涙目で狼狽える。
姿勢を下げた坂本が、ゆっくりと吹っ飛んだカバーを取った。
完全にやってしまった、久里浜が後で貯金から弁償しようと思った時――――
「おー、”上手く”セットできたな。初めてなのに良い感じじゃん」
「へっ…………?」
正反対の答えに、呆然としてしまう。
一方で、コメント欄にも有識者の書き込みが出た。
【ソケットへの装着時にカバーが取れるのは仕様だよ】
【まぁ、知らん人が見たらビビるわな】
【仕様かよぉ!! ビビらすな…………!!】
どうやら、これが正解だったようだ。
撮影していた四条も、ホッと胸を撫で下ろす。
「良かったですね千華ちゃん、弁償せずに済んで。最悪経費にできるよう1佐に交渉する覚悟はしましたが」
「先輩!! わたしもう無理です!! 心臓が持ちません!!」
早々にリタイア宣言をする久里浜。
だが、四条は特に表情を変えなかった。
「良いですよ、では坂本3曹にバトンタッチしますか?」
「へっ?」
まさか許可が出るとは思っていなかったので、拍子抜けする。
これで重荷を解けるなら、もう手放してしまおうと思った時――――
「じゃあ、千華ちゃんには次から”もっと簡単なお仕事”を振りますね」
「そうだね、僕も悪かった。お前には今度からもっと楽な役をやらすよ」
何気なく放たれたその言葉は、久里浜にとって到底許容できないものだった。
最初の誓いを思い出す。
特戦に戻ったら、これより遥かに難しい任務が待っている。
ここで逃げ出せば、四条や坂本はもちろん、配信を見ている特戦の先輩方にも”この程度”と思われかねない。
それだけは、断じて許されなかった。
「四条先輩、しん――――坂本3曹、やっぱやります。やらせてください」
「え? でもさっきは嫌だって……」
「気持ちが変わりました、PC一台組めない女がこの先で銃をメンテなんてできません。さっきのは失言でした、このまま続けます」
「あら、そうですか。ではお願いしましょうかね」
一連の流れは、もちろん2人の手の平の上。
久里浜は下手に圧を掛けるよりも、敢えて逃げ道を用意した方がガン決まるタイプなことを先輩たちは知っていた。
そんな数段上手な自衛官の思惑に乗っているとも知らずに、久里浜は組み立てに戻った。
次の工程にあたるメモリ、SSD取り付けはスムーズに完了。
【Cドライブに1TB、Dドライブに2TB。しかもフラッグシップモデルのGen.5 SSDかよ……】
【メモリもDDR5-6000の64GBだぞ、一体何をするPCなんだ…………?】
【俺、PC詳しくないからサッパリなんだけど、どんくらいやべーの?】
【社用PCがAK-47アサルトライフルなら、このPCは現時点で16式機動戦闘車みたいなパワーだ】
【恐ろしいのが、まだ序章なんだよなこれ】
コメ欄の言う通りで、坂本は今回一切妥協の無いPCを組むつもりだ。
先日、透がテオドールに対して言った言葉そのまま、このユグドラシル駐屯地ではあまりにも娯楽が少ない。
仕事や運動で忙殺気味の坂本だが、せめて制限があるなら娯楽ぐらいたっぷり楽しみたい。
そんな現実的かつ、悲痛な気持ちの要請を錠前は蹴れなかった。
彼も、防大卒業後から今まで仕事に費やしてきた人生。
自衛官とはいえ、若人を縛ることはしたくなかった。
結果として、化け物のようなスペックのPCが完成しつつあった。
「あっ、ネジ止めは得意! ここはいける」
マザーボードをケースに入れ、360ミリ簡易水冷を取り付け。
続けて120ミリケースファンを7個設置すると、いよいよPCの全貌が見えて来た。
ここで、坂本が遂にメインディッシュの箱を開けた。
「じゃあ、いよいよグラボ付けよっか」
取り出されたのは、NVIDIA社の最新最強GPU。
”RTX5090”、その最高級バージョンだった。
【キタ――――!!!!】
【これ単体で56万円ってマジ?】
【しかもホワイトモデル! 高いやつや!!】
大活況を呈すコメント欄。
既に錠前から課されていた同接ノルマは達成されているので、カメラ裏の四条はホクホクだ。
「うっひゃー、重いわね…………じゃあ付けまーす」
ここまで来ると、久里浜の手際もかなり良くなっていた。
GPUを取り付け、ケーブルを接続。
裏配線作業はさすがに坂本が担当し、2時間掛けてPCが完成した。
「つ、ついた!!」
電源を入れると、煌びやかなRGBライトと共にPCが起動。
クラッシュや初期不良も無く、BIOSへ入ることができた。
「やりましたね、千華ちゃん」
「はい! やってやりましたよ!!」
久里浜の眩しい笑顔に、坂本もこっそり笑みをこぼす。
「四条2曹、せっかくなんで性能テストしましょうか。なんでも言ってください」
OSインストール、BIOSアップデートを済ませた坂本が、得意顔で提案した。
四条も目に見える形で凄さが伝わった方が良いので、すぐにスマホの画面を見せる。
「じゃあ、最近わたしが遊んでいるRPGゲームを動かしてもらえますか?」
「いいっすよ、じゃあインストールしましょうか」
最新のWi-Fi7とGen.5 SSDの圧倒的パワーで、数十GBのゲームが凄まじい勢いでダウンロードされていく。
その僅かな間に、久里浜はこっそり四条へ耳打ちした。
「あれ、四条先輩……こんなジャンル遊びましたっけ? パズルゲームとか好きって聞いてたんですけど」
「と、透さんが遊んでいると聞いたので……こういう可愛い女の子が戦うゲームは初めてでしたが、スマホでできると聞いたので」
この広報令嬢、最近は暇さえあれば常に透と一緒にいる。
佐官からの誘いも躊躇なく断り、食堂で仲良くご飯を食べる姿はもう駐屯地では有名だ。
なお、本人に自覚は無い。
ほどなくしてダウンロードが終わったので、早速起動してみる。
4Kの有機ELモニターに、スマホ版とは比較にならない程綺麗な画面が映し出された。
「じゃ、最高設定行きまーす」
【4Kレイトレーシングで240FPS張り付いてやがる…………!!】
【すまん、わからん】
【お前のノパソじゃ起動すらせんというレベルだ】
一方、呆気に取られた四条も自身のスマホで同じゲームを起動。
すぐに比較してみた。
「わ、わたしのスマホでこんな設定したら火が噴きますね……、とても同じタイトルとは思えません」
四条のスマホもかなり良いスペックだが、画質に妥協しても60FPSが限界。
それでも、5分も遊べば持てなくなるほど熱くなるし、バッテリーが一瞬で切れる。
対して、坂本のモンスターPCは驚異の電源容量1300ワット。
ハイエンドパーツと、そこから引き出されるマシンパワーを支えるこれは、スマホと比較になどならない。
圧倒的なパワー、これこそがゲーミングPCの本領だと思い知った。
こうして、坂本の自作PC配信は無事に終了。
最終同接数は9000万。
執行者には少し及ばないが、十分と言えた。
配信を切ってしばらくして、四条は初期設定をする坂本に近づいた。
「あの、坂本3曹…………」
「ん、どうしたんすか四条2曹? まだなんかあります?」
「いえ、仕事とは関係無いのですが…………」
少し目を逸らしながら、四条は言葉を振り絞った。
「良かったらフレンドになりませんか? 今度、一緒に遊びたいです」
「っ…………」
数瞬黙る坂本。
脳裏に以前、厳格で接しづらい高嶺の花という意味で付けられた、”氷の白雪姫”というワードが浮かんだ。
そんな彼女がここまで物腰柔らかくなったのも、きっと自身の尊敬する新海透という男の影響だろう。
出会ったばかりのころを懐かしく思いつつ、坂本はサムズアップした。
「良いっすよ、今度ボス一緒に行きましょう」
第1特務小隊の絆が、また少し深まった。
一方で、本州の北方――――平和なダンジョンとは別に、日本海では新たな動きが確認された。
以下、坂本の今回のPC構成。飛ばしても問題なし。
マザーボード:ASUS ROG CROSSHAIR X870E HERO(13万円)
CPU:Ryzen9、9950X3D(12万円)
メモリ:CORSAIR DDR5-6000MHz 64GB(5万円)
CPUクーラー:CORSAIR iCUE LINK H150i RGB 360mm簡易水冷(4万円)
SSD:WD_BLACK 内蔵SSD 2TB、1TB NVMe PCIe Gen5(8万円)
GPU:RTX5090 ASUS ROG-ASTRAL(56万円)
電源:ASRock Phantom Gaming 1300ワット
その他ケースファン、グラボステー等。
坂本は生活費が実質ゼロの環境で、危険手当付きまくりなので出来た構成です。
彼のような趣味人か、ゲームのプロか大手配信者でもないと持て余すスペックです。




