第406話・もみもみマッサージ
「はうぅ…………、酷い目に遭いました…………」
――――翌日、執行者の共同部屋。
腕の固定具を外しながら、ベッドに座ったテオドールが涙目で呟いた。
「いきなりあんな勢いで回すからだぞ……、すげー音だったからな?」
昨日、準備運動も無しに腕を回したテオドールは、思い切り肩を脱臼してしまったのだ。
丸1日を悲痛な苦しみの中で過ごした彼女は、執行者の治癒力によりなんとか完治。
しかし、その鈍り具合は師匠のエクシリアも苦言を呈すもの。
「アンタ、剣術の訓練もサボってたでしょ。このままじゃベルセリオンにすら勝てなくなるわよ?」
「うぅ…………、反省しています。ごめんなさい透、師匠」
どうやら、かなり痛い目に遭って心底懲りたようだ。
本気で反省しているようなので、これ以上のお説教はやめることに。
「まぁそうは言ってもこの駐屯地内でできる娯楽なんて、相当限られてるしな。お菓子の大量食いさえしなかったらインドア趣味に文句は言わねーよ」
「でも新海透、テオドールがいざ戦闘になった時にまた関節なり痛めたら、困るのは自衛隊よ?」
エクシリアの言葉はもっともだった。
錠前は現在、上海でアノマリーに全力を出した後遺症で魔法の使用が不可能。
つまり、魔導戦力を執行者へ完全に依存している状態。
もし今大天使なり、ダンジョンマスターなりが襲ってきたら、被害が大きくなるかもしれない。
そう頭を悩ませていると、後ろの椅子に座っていた恋人が人差し指を立てた。
「ありきたりですが、マッサージなんてしてみてはどうでしょう?」
お見舞いに来ていた四条の提案は、透にとって意識外だった。
「マッサージか、テオたち執行者も同じ人間なんだし、確かに効くかもな」
「えぇ、それに…………」
「それに?」
「その様子を配信すれば、結構アクセス数が稼げるのではと」
ここはやはり広報官、食事配信以外でもジャンルを増やすつもりらしい。
第1特務小隊は配信が主な任務なので、これはチャンスなのだろうと判断。
早速、カメラやマッサージの準備を開始した。
「透、マッサージとはなんですか?」
疑問顔で、テオドールが質問。
どうやら、これから行われることがよくわからないようだ。
「身体のツボを刺激して、血流を良くしたりするんだ。気持ちよくて鳴いちゃうかもな?」
透の言葉に、テオドールは謎の不満を見せた。
「この執行者たるわたしが、たかが身体を指で押されたくらいで無様に鳴くわけありません。大袈裟ですよ」
威勢の良い宣言。
とりあえず本人にはベッドへ仰向けに寝てもらい、それを映すようにカメラを三脚でセット。
あっという間に準備は完了した。
「では、始めますね」
四条が枠を取り、配信をスタート。
【配信キター!!】
【今日は食事配信じゃないんだな】
【ここテオドールちゃんのお部屋? 人形いっぱいで可愛い】
【絶対良い匂いしそう】
【犯罪者だ、連れて行け】
同接数は瞬く間に5000万を突破。
カメラに映った四条が、すぐさま説明を開始した。
「こんにちはー、今日はテオドールさんの身体がこっているとのことなので、とっ……新海3尉がマッサージを行います」
この言葉に、ベッドでうつ伏せになったテオドールがすぐさま反論した。
「別にこってなんかいません、執行者を舐めないでください」
【出た、ほえドールちゃんの堂々宣言】
【今回は何分持つかな?】
【13歳だろ? さすがにその歳でこってるは無いだろ】
盛況なコメント欄を見て、四条がGOサインを出した。
ボディタッチにならないよう、背中の上から薄い毛布を1枚かぶせて、透はマッサージの体勢に入った。
肝心のテオドールに関しては、これが初体験なので訝し気だ。
「テオは最近姿勢が良くないから、まずは腰から揉むか」
そう言って、早速透は親指で華奢な少女の身体をグリグリと刺激した。
すると、
「ほえぇぇええ~…………っ」
「……………………」
…………何か、変な声が出て来た。
いや、アレほど威勢よく宣言した直後に、こんなアッサリ鳴くはずが無い。
気のせいだと思うことにした透は、とりあえず別のツボをまた押してみた。
「ほえぇぇぇええ~…………っ」
やはり、変な声が出た。
その後も何度かツボを押すが、そのたびに鳴き声が響いた。
「……なぁ、テオ。鳴かないんじゃなかったのか?」
透の困惑気味な声に、当のテオドールも困り顔で返した。
「その……、なんか出ちゃうんです」
「そっかぁ、なんか出ちゃうのか~…………っ」
出てしまうのなら仕方がない。
その後も人間楽器と化したテオドールへのマッサージが続き、最終同接数は1億人を超えた。
あまりにも情けない姿を晒した彼女は、もうフラグめいた発言をしないと心に決めた。
尚、その夜は血流が良くなったこともあり、しっかり熟睡できたという。
一方で、翌日の配信は珍しいコンビでお送りすることが決まった。
ユグドラシル駐屯地に、”荷物”が届いたのだ。




